福岡管区気象台 中本 能久(なかもとよしひさ)台長に聞く その1
2023年11月15日
[番組で紹介した情報]
(太田)「KBCラジオ みんなで防災!」KBC解説委員の太田祐輔です。
(百市)百市なるみです。
(太田)毎週この時間は、あなたの命を守る防災について考えていきます。
(百市)今週は「福岡管区気象台 中本 能久(なかもとよしひさ)台長に聞く その1」を お送りします。
(太田)福岡市中央区大濠にある福岡管区気象台は私たちの日常生活にとってなくてはならない気象情報や、危険が迫っているときの防災情報を発信しています。
その福岡管区気象台のトップ、中本能久(なかもとよしひさ)福岡管区気象台長にお話を伺います。
まずは中本台長が気象の道を志したきっかけからです。
(中本)私は名古屋で浪人をしていまして、その時の友人から気象台学校があるという話を聞きまして、一緒に受けてみないかと誘われました。
気象大学校は千葉県の柏市にあって、全校生徒が60名の気象庁の大学になっています。当然のことながら、国家公務員の採用ですので、入学すると給料が出て、授業料もかからないということになっています。
(太田)気象大学校に入られて、だから気象をやりたくて入ったわけではなく、流れ的にそうなったっていう感じですか?
(中本)言葉を選ばずに言うとそうなりますよね。
(太田)実際に入ってみて、気象の勉強をされて、こういうところが良かったとかっていうところはありますか?
(中本)目指した道ではなかったのですが、「出会い」というのが非常に良くて、やっぱり大学の教官ですとか、あとは学生の先輩とか後輩とかですね。やはりその中で、 馴染んでいくとそのこと自体が楽しくなるというかですね、そういうことはありました。
(太田)気象自体の楽しさとか、大事さみたいなものもやはり感じていったっていうところもありますか?
(中本)それを一番感じ始めたのはやはり、地方に出て勤務を始めた時ですよね。
私たちは「学問」としてやってはいたのですが、それが実践的に注意報や、警報といった情報を出して、社会に貢献できるようなというところを感じ始めた頃から一番大きく感じましたね。
(太田)地方勤務っていう話がありましたけど、気象台に入られてからはどんな経歴を踏んできたのでしょうか。
(中本)まず私は 岐阜地方気象台に勤務して、それから名古屋、それから東京、本庁ですね。本庁で勤務した後、気象研究所に行きました。
それでまた東京勤務が続いて、その後、仙台に参りました。
仙台は東日本大震災の直後で、そこで勤務した時に色々と防災情報を提供していく っていう、自分たちで作り出す防災情報っていうものを企画をするなどですね、そういうことをさせていただきました。
その後、東京に戻って、広報室長をやり、予報課長ということで、東京を経て今、福岡に来ているところになりますね。
(太田)本当に気象に関するあらゆる部署で統括される仕事をされてきているという感じなのですが、広報を担当する広報室長の時っていうのは、こういうことに特に力を入れたという事がありますか?
(中本)広報室長 っていうのは、報道の方々と常に対面して仕事をすることで、僕は非常に恐怖を覚えていた時があってですね、やはり報道の方に何かを言うとどう書かれるかっていうのはすごい 心配だったのですが、非常にまあ接してみて 、こういう情報が大切なのだとか、会見の意義とかっていうところの認識を共有化し、あとは広報室としてはやはり 皆さんにどう理解していただくかってことが重要ですし、あとタイミングですよね。
そういうことも考えながら記者の方々と会見を作り上げていくっていうような形が良かったと思っています。
とにかく、ゆっくりと話すということを第一なのと、あとは話しすぎてしまって、頭にキーワードが残らないようにならないようにする。
要点を絞ってどこを今回の会見のポイントにするかということは考えていました。
(百市)部署も様々ですし、勤務先も様々で、私たちの生活にとってはなくてはならないお仕事なのに、知らないことが多くて、かなり驚きましたね。
(太田)いろんな経験をされた中で感じたことを、これから何週間かにわたって お送りしていきます。気象台大学校を志す学生が増えて欲しいなぁという話もされていました。
(百市)KBCラジオみんなで防災
今週は「福岡管区気象台中本能久(なかもとよしひさ)台長に聞く その1」をお送りしました。太田さん、来週は?