「母娘の味」(福岡県朝倉郡筑前町)
地元・筑前町の鶏卵を使って、1日に約3000枚のせんべいを焼く「みわせんべい」。
せんべい一家に育った母・京子さんは、もうすぐ職人歴70年を迎える大ベテランだ。
京子さんの隣では娘の宜子さんが、焼きたてのせんべいを、年季の入った木型に入れ、押さえ板で1、2回ほど軽く押し込む。
焼きたてのせんべいは指先が赤くなるほど熱く、そして餅のように柔らかい。
木型を使うのは、せんべいを成型するために必須だとのこと。
特別に焼きたてをいただいたが、至福のひと時だったことは言うまでもない。
作業は淡々と進んでいく。
昭和初期に作られたという「せんべい焼き機」は、
季節や湿度で火の温度、卵を寝かせる時間など、職人の経験が必要だ。
この手作りの焼き機だからこそ「みわせんべい」の味が出せるのだという。
京子さんはせんべいを「いきもの」だと話してくれた。
だからこそ、せんべいの声を聴きながら、温度や湿度を合わせていかなくてはならない。
そう考えると、せんべい焼き器は京子さんにとって、手のかかるかわいい子どもなのかもしれない。
ほのかに香る甘い卵の香りと、母と娘の手で次々と焼かれていくせんべいを見ると、
なぜか懐かしい気分になった。
見たことがないはずなのに、原風景のように思えてしまう。
久しぶりに実家に帰って、親とせんべいを食べたくなった。
そんな深町さん母娘が未来に残したい風景は「草場川」だ。
春には、草場川の湖畔に桜が咲き、多くの見物客であふれかえるという。
夕日が沈むころには、桜と田畑と夕焼けのグラデーションが美しいと宜子さんが教えてくれた。
撮影した時期は秋だったが、その風景がイメージできるほど、のどかな光景が目の前に広がっていた。
二人にとって、癒しの場でもある草場川。
店から歩いても、ちょうどいい距離にある散歩道だ。
「みわせんべい」には、いろいろな種類のせんべいが販売されている。
今回は鶏卵せんべいだったが、「しょうが」や「グリンピース」など、宜子さんが率先してアイデアを出した商品が、地元の子どもたちにも人気だ。
撮影中に来た小学生が宜子さんと学校のことを楽しそうに話して「じゃあ、しょうがとグリンピース」と言って、せんべいを買っていく姿を見て、自分のことのように嬉しくなってしまった。
春はもう少し先だが、みなさんもせんべいを片手に草場川を散歩するのはどうだろう。
心地よいノスタルジックの予感がする。
※この記事は2022年の情報です(「STORY」12月4日放送)。