

福岡県田川郡香春町の山間部、採銅所地区の閑静な住宅街に、アレルギーを持つ人もそうでない人も、家族みんなで安心して食事を楽しめるカフェ『HAN』があります。店主の鈴木さんが営むこの店は、小麦・卵・乳製品を一切使わないメニューと、自家栽培野菜と自家焙煎コーヒーへのこだわりで、多くの人に愛され続けています。
■アレルギーの子どもとの出会いが原点
「小麦、卵、乳のアレルギーの子が身近にいたんですよね。外食しても一緒に同じものは食べられないし、結構何にでも小麦って入ってるんです」。
鈴木さん自身と家族にはアレルギーはなく、「みんな何でも食べれます」という状況でした。しかし約20年前、アレルギーを持つ子どもたちとの出会いが、彼女の人生を変えることになります。
「私がお店をするんだったら、食事もデザートもみんなが一緒に食べられるお店だといいよねっていうので始まった感じですね」。
アレルギーの子たちにお菓子を作ることから始まったアレルギー対応への取り組み。当初は大変だと思ったそうですが、「市販のドレッシングとか調味料とかを買わなくても、自分でもうドレッシングを作っちゃおうとなれば、そこまで大変じゃなくて」と鈴木さんは振り返ります。
市販品に頼らず、自分で調味料を調合することで、想像以上にアレルギー対応食の開発が可能なことを発見。「意外と入ってないもので調合したら全然何でも食べることができる」という気づきが、現在のメニュー開発の基盤となっています。

■元サラリーマンから農家への転身
鈴木さんは30歳まで普通のサラリーマンでした。しかし食育の観点からアレルギーについて学ぶうちに、「子どもたちが安心して食べれるものだったら、農薬や化学肥料を使わずに作れたらな」と考えるようになります。
8年前から就農し、現在は5カ所の畑を借りて多品種の野菜栽培に取り組んでいます。農薬や化学肥料を一切使わない栽培方法を選んだのは、昔ながらの農業の知恵にヒントを得たからです。
「おじいちゃん、ひいおじいちゃんの世代の人が作る家庭菜園は農薬を使わないんです。いろんな品目を混合して栽培することで農薬使わずに育てられることがわかったんです」。
この考えに基づき、同じ種類を集中的に植えるのではなく、多品種を混合で栽培されています。この方法で収穫した野菜をカフェの料理やお菓子、販売、収穫体験にまで活用しています。
■地域に寄り添うコーヒー焙煎
コーヒーについても、約10年前から勉強会に参加し、同じ焙煎機を使う3か所のコーヒー店で基礎を叩き込みました。特にこだわっているのは、地元の人々の好みに合わせた焙煎です。
「コーヒー業界のトレンドとしては、浅煎りの豆が結構多いんですけど、やっぱりこの地元の方々は浅煎りがそんなに得意ではないみたいで。昔ながらのコーヒーというか、酸味がない味が好きみたいです」。
トレンドに流されるのではなく、地域の人々が本当に美味しいと感じるコーヒーを提供することを重視。抽出方法も手間を惜しまずネルドリップを採用しています。「エコだし、口当たりもまろやかになるんですよね」と、環境への配慮と味わいの両方を追求されています。

■家族みんなで同じ食事を楽しむ喜び
店を訪れた人たちとの交流の中で最も印象的なのは、アレルギーを持つ家族が一緒に食事を楽しむ姿だといいます。
「アレルギーの方が、家族と同じものを食べることができる。お母さんのそれちょうだいとか、お父さんのそれちょうだいとか、言えるのがすごく嬉しいみたいで、そういうのを見ると嬉しいなと思います」。
子どもだけでなく、近年増えている大人の遅延型アレルギーを持つ人々にとっても貴重な場所となっています。「アレルギー対応しているデザートやパンはあっても、ご飯がない。全てのメニューにおいて、対策した食事ができるところはあんまりないと思っています」。
毎日の食事という基本的な営みを、家族みんなで「美味しいね」と共感しながら楽しめることの大切さ。「一人で食べるのと、みんなで美味しいねって食べるのと、やっぱり違いますよね」という鈴木さんの言葉に、店のコンセプトの核心が表れています。
■過疎化に立ち向かう地域への想い
生まれ育った香春町で店を始めた理由について、鈴木さんは地域への強い愛着を語ります。
「できる限り地元に貢献したいというのもありますし、香春町ってどこ?って皆さんおっしゃるので」。
香春町に外部からお客様に来てもらうことで、地域の活性化につながることを目指しています。現在の客層は地元が3割、小倉・北九州・福岡市内など外部からが7割。
「採銅所地区は結構ご年配の方が多いので、子どもも少ない。過疎化にならないように、この町がなくならないようにしたいなと考えています」。
移住支援を行う協力隊の方々との連携も視野に入れながら、カフェを通じて香春町の魅力を発信し、移住のきっかけづくりを担いたいと考えられています。

■今後の展望:継続することへの強い意志
「野望は、細く長くですね」と話す鈴木さん。飲食業界の厳しさを理解しつつ、継続することの重要性を強調されます。
「飲食店は継続し続けることが難しい業界、と起業塾に通っていたときに言われたから、もうまずは継続できることが一つ。その中でもやっぱりお客様にまた来たいなと思えるような環境づくりをしていくこと」。
5年目を迎え、自分がどの規模でどのようにやりたいかが見えてきたといいます。「やってきたら、閉店してる!とかにならないように。HANを求めてきてくださる方がいる。だったら継続していけたらな」。
■家族や友人に支えられる日々
農業とカフェ経営の両立で最も大変なのは「労働ですかね。体があと一つ、二つあったらいいなと思いますね」と語る鈴木さん。現在は家族の支援が不可欠です。
「草刈りや畑作業、お菓子作りや皿洗いも手が足りない時は、家族や友人に日々手伝ってもらっています。甥っ子にも収穫を手伝ってもらったり」。
朝から農作業、収穫、カフェ営業、お菓子作り、コーヒー焙煎、夕方の農作業と、休みのない日々を送る鈴木さんを、家族みんなで支えています。
忙しい日々の鈴木さんですが、語る表情はイキイキと輝いていました。

■祖母から受け継いだ飲食への道
店名『HAN』は鈴木さんの名前「志帆」の「帆(はん)」に由来しています。名付けたのは祖母でした。
「祖母が元々食堂してたんです。祖母の影響で私も飲食をしたくなったのかなと思って。おばあちゃんが私に名付けてくれた『帆』という漢字をお店につけました」。
ロゴには米粉をメインにしていることから、お米のデザインを使用。世代を超えて受け継がれる「食」への想いが、『HAN』の根底に流れています。
アレルギーの有無に関わらず、すべての人が安心して食事を楽しめる場所として愛され続ける『HAN』。鈴木さんの想いと家族の支えに育まれたこのカフェは、今日も多くの人に「みんなで楽しく食事ができる」喜びを届けています。
■記事内の商品(全て税込価格)
「夏季限定メニュー 冷麺」(サラダ付き 1,200円)
「焼き芋マフィン」( 400円)
「いちごの豆乳アイスクリーム」(350円)
「珈琲(グァテマラ)」(450円)
________________________________________
■自家焙煎珈琲&米粉スイーツ『HAN』
住所:福岡県田川郡香春町採銅所4047-4
電話:090-7457-9998
営業時間:10:00~18:00
定休日:水・木曜
Instagram:@han.komeko.coffee
https://www.instagram.com/han.komeko.coffee/
公式HP:https://www.han-coffee-komeko.com/
GENRE RECOMMEND
同じジャンルのおすすめニュース
AREA RECOMMEND
近いエリアのおすすめニュース