明治維新は太宰府から始まった?!意外と知らない幕末の太宰府を万事、しかと見る!~ふるさとWish太宰府市~
2020年11月19日
[ふるさとWish企画]
「太宰府は受験生や観光客でにぎやか、学問の神様である菅原道真が祀られている、太宰府天満宮がメイン!」
とてもすらすらと太宰府の知識が出てくるリポーターのボビー。以前、バスガイドをしていたというから納得!でも、そんなボビーも知らない、というか福岡県民も意外と知らない太宰府の魅力を探るあるツアーに、「アサデス。KBC」(11月19日放送)が密着しました!
地元に根付いた銀行が企画
参道近くの西日本シティ銀行太宰府支店が主催した今回の歴史探訪。その内容はずばり「太宰府幕末ツアー」。発起人の西日本シティ銀行太宰府連合店(太宰府支店・五条支店統括)の相良貴志さんは「意外と太宰府と幕末は関係が深いということを皆さんご存じないのではと思い、“新しい太宰府を発見していただこう!”と企画しました」と話します。
明治維新の立役者たちが太宰府に
案内してくれるのは、日本経済大学経済学部教授の竹川克幸さん。竹川さんはフィールドワークを中心に、当時の観光や食べ物まで調査する幕末太宰府研究の第一人者です。「この辺りは昔全部旅館だったんですよ。上を見たら分かりますでしょうか」。かつて参道は、遠方からも多くの参拝客が訪れる宿場町でした。今でも建物の壁には、宿の名残があります。そして幕末、ある5人が太宰府を訪ねたことから、さらに重要な場所になったといいます。
参道を抜けて向かったのは、現在は太宰府天満宮の宮司さんの住処だという「延寿王院」。庭の正面には“五卿遺跡”と刻まれた石碑があります。「幕末にお見えになった三条実美以下5人の、朝廷に使えていた“五卿”が滞在したことを表す碑です」と、太宰府天満宮 権宮司の味酒安則さん。“五卿”とは朝廷に仕えていた5人の公家で、京都から追放され、この延寿王院に滞在していたのです。すると「ありとあらゆる明治の元勲たちがやってきました。坂本龍馬は薩長同盟の許しを五卿にもらおうと訪ねてきたそうです」。多くの志士が五卿のもとを訪ね、情報交換。のちに、明治維新は太宰府から始まったとも言われたといいます。
ツアーの参加者は「地域の文化などは学んできたけれど、ここに来た人を知ったのは初めて。“おお~っ”ってなりました」と、歴史ロマンに目を輝かせます。
伝説の生き物”麒麟”が境内に
他にも、境内には幕末期からある貴重な銅像が。今、某ドラマで話題の“麒麟”像です。優れた王が世を治めるときに天からやってくるという伝説の生き物ですが、1943年に陸軍の金属供出で一度運ばれていったそう。「夕方になってこれだけ返ってきたんです」。破壊するに忍びないものを感じたのかもしれませんね。太宰府の麒麟はさまざまな混乱を乗り越え、今もそっと参拝者を見守っています。
座学や本堂での正式参拝を終えた後、一行は参道の喫茶・土産物店「松屋」へ。普段は非公開の2階を、特別に見せてもらいました。ここは、薩摩藩の人が常用していた宿。あの西郷隆盛も滞在していたといい、直筆の手紙も大切に残されています。時を越えた西郷さんとの”出合い”に、参加者たちは息をのみました。
そして2時間の幕末ツアーは終了へ。参加者は「これほどの歴史があることを初めて知って、今まで何しに来ていたのかなと思いました」と目から鱗が落ちまくりだったようです。
意外と知らなった太宰府の一面。訪れたときはその“名残”を探してみてくださいね。
太宰府天満宮
福岡県太宰府市宰府4-7-1