5代続く福岡最古の飯処「向山食堂」 豚骨戦士 福岡のラーメンを斬る! VOL.54〜ふるさとwish 川崎町〜

「向山食堂」のラーメン(500円)、ミニ焼めし(370円)。ラーメンにはデフォルトで紅ショウガがのっている。“なし”がいい人は注文時に伝えよう

田川郡川崎町にある「向山(むかやま)食堂」は、現存する福岡最古の大衆食堂といっていいだろう。1920年創業の福岡市美野島「かどや」、そして糸島にはポークチャップが名物の「角屋食堂」、さらに炭鉱マンの胃袋も満たした田川市「森食堂」(焼きめしが旨い)、これら福岡を代表するレトロ食堂は開業から約100年。「向山食堂」は、それよりさらに数十年古い歴史をもっている。現店主の向山裕二さん(1968年・川崎町生まれ)は5代目となる。しかも直系。「私が高校生のころ父から開業約120年と聞いたことがあって、それから歴史を尋ねられたらいつも120年くらいと答えてきました。考えてみたら私も50歳を過ぎたので150年にはなっているのかな」と裕二さんは笑うが、この文化遺産的食堂はぜひとも掘り下げてみなければなるまい。同店の絶品ラーメン、チャンポンを紹介する前にまずは向山ヒストリー(筆者調べ)を紹介する。

専用のバス停まであった語り草の食堂

「向山食堂」5代目の向山裕二さん。奥さま、6代目候補の息子とともに暖簾を守る

「向山食堂」は、初代・向山権平、2代目・乙彦、3代目・勇、4代目・盛夫、そして現店主の5代目・裕二と、向山家直系で続いている。店の場所も創業から変わっていない。初代・権平は武蔵山権平という、しこ名の元力士。相撲だけでは食べていけないと、うどんと酒の食堂を開いた。「まだまだ馬が往来している時代で、蹄鉄を換えている間に一杯という店だったそうです」と裕二さん。そして、権平の末娘であったのが、戦後の民謡ブームの立役者となった歌手・赤坂小梅(本名:向山コウメ)さんである。「黒田節」「炭鉱節」などを全国に広めた地元出身の大スター。特に1930年代から“小梅さんの生家である食堂”であることも追い風となり、大繁盛店になった。(ちなみに、小梅さん生誕100周年の2006年には、川崎町のキャラクターとして、愛らしい「小梅ちゃん」が誕生し、地元の若い世代にも親しまれている)。

チャンポンも550円とうれしい価格。地元産野菜がたっぷり入り、ブラックペッパーが多めにふりかけてある

「周辺に炭鉱マンがたくさん住んでいた2代目、3代目の時代が一番忙しかったといいます。店の場所は変わりませんが規模は今よりだいぶ大きく、宴会、仕出し、結婚式まで受け付けていました。あまりに人気の名物店だったので、店先に“向山食堂”というバス停ができたほどだったんですよ」と裕二さんは胸を張る。食堂がゆりかご状態で育った裕二さんは、4代目の父・盛夫さんから家業を継ぐことはごく自然な流れだったようだ。「大学まで行かせてもらいましたが他の仕事に就くことは全く考えていませんでした。割烹や寿司店で修業して27歳で本格的に店を継承。父が亡くなるまで数年は一緒にやっていましたが、そのころから原点である大衆食堂のスタイルに戻していった感じですね。父は祖父や曾祖父の華やかな時代、そして炭鉱が閉鎖し川崎町全体が寂しくなっていったことを体感していますから、地元民に長く愛される、肩肘張らない食堂にこだわっていました。私もその教えを守っています」。

うどん酒場として始まり4代目が豚骨ラーメンを加えた

レトロ食堂ファンにはたまらない店構え。目の前に駐車場がある

さて、肝心の「向山食堂」のラーメンについてである。ジャンルは正統派豚骨。第一に、史上初の豚骨ラーメンは久留米で1937年に生まれたものであるから、100数十年前の「向山食堂」創業時にはもちろん存在しない。現に初代・向山権平は“うどん”を柱に始めている。ラーメンがメニューに加わったのは、裕二さんの父、4代目盛夫さんの時代で約50年前のこと。豚骨スープをベースにしたチャンポンも同時期にデビューした。「父はずっと店の厨房に付きっきりでしたし、どこかでラーメンの修業をしたという話も聞いていません。おそらく食べ歩いて自分なりに作り込んでいったんでしょう。私が小さい頃、父の豚骨ラーメンが本当に好きで、店にある肉うどんの肉や卵を自分なりにトッピングして楽しんでいました。後で知りましたが徳島にはそんな感じのラーメンがあるんですよね。すごく美味しいんです!」。

父の背中を見ながら作り方を覚えたラーメンは、豚頭、ゲンコツ、背骨などさまざまな部位の骨を煮込むフレッシュな取りきりスープ。カエシには田川市「中村商店」(これまた老舗)の薄口醤油でチャーシューを炊いた煮汁を使う。豊潤な香りと程よい甘さ、奥行きのあるコクがあり、すぅと飲みやすいスープだ。麺も田川市「公門(きみかど)」の細ストレートを変えずに使用。このラーメンを編み出した裕二さんの父、盛夫さんは他界しているので源流を知ることはできないが、食べた印象だと北九州や久留米ではなく、博多ラーメンよりの味わいである。

「向山食堂」には、6代目候補である裕二さんの息子がいる。東京で中華料理の経験を積み半年前に帰郷。マーボー豆腐や酢豚などの中華メニューも楽しめるようになり、老舗食堂に新しい風を吹き込んでいる。代々創業200年という数字も見えてくるかもしれない。

【向山(むかやま)食堂】
住所:福岡県田川郡川崎町川崎1069-18
電話:0947-73-2137
営業時間:10:00〜20:00
休み:日曜、祝日
席数:40席
駐車場:7台(無料)

上村敏行(かみむらとしゆき)。1976年鹿児島生まれ。2002年よりラーメンライターに。以降年間300杯を食べ歩き「ラーメンWalker」はじめ各媒体での執筆活動、ラーメンイベント監修などを行う。KBC地域リポーター。

※この記事は2020年の情報です。内容は変更している可能性があります。事前にご確認ください。

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