「桶と生活」(福岡県八女市)
1959年に八女市で創業した「松延工芸」。
多いときは筑後地域だけで60軒を数えるほど繫栄していた桶業界だったが、
今では本州で「松延工芸」1軒のみとなった。
3代目の英雄さんは昔から伝わる桶つくりの製法にこだわり、
金属などは一切使用しない商品を作り続けている。
広い工房に響く作業音は、どこか心地良く、どこか懐かしい。
松延工芸がつくる桶は、木材に勾配を付けて角度を調整し、円状になるように木材を縦にならべ、
「タガ」と呼ばれる竹紐で強く締めて、継ぎ目に隙間がなくなれば完成となる。
だが、これは簡単に表現しただけで、実際は職人と木材の真剣勝負だ。
いかに、おいしいご飯を保温できるようにするか?
炊飯器などない時代に、先人たちは木桶で日本の食を守ってきた。
それは決して簡単なことではない。
3代目はその思いを引き継ぎながら、新たな価値を生み出す闘いの中にもいる。
未来へつなぐために、毎日が勝負なのだ。
「この伝統工芸は永劫続くのではなかろうか」
そんな気持ちになるような美しい桶が、目の前に並べられている。
松延さんは八女市で生まれ、桶職人の家庭で育った。
子どものころ、風が強い日に「”風が吹けば桶屋が儲かる”と言われませんでしたか?」と聞くと、
そんな経験はないと笑って答えてくれた。
仕事のあとに松延さんと出かけた岡山公園も、この日は風が強く、木々が大きく揺れていた。
シンボリックな展望台からは、幼少の頃から変わらないという緑豊かな八女の景色が広がっている。
「風が吹けば~」ということわざになるほど、桶は身近な文化だったのだろう。
だからこそ、松延さんが桶作りをやめて八女市から桶屋がなくなる
未来があるとすれば、金銭が失われることよりも寂しい。
※この記事は2022年の情報です(「STORY」9月18日放送)。