
ストーリーを味わう一杯を。「タリル珈琲」が紡ぐ、作り手の思いと地域の恵み(福岡・朝倉市)【まち歩き】

福岡県朝倉市頓田の静かな住宅街に佇むビルの2階。一見すると見過ごしてしまいそうな場所に、特別な一杯を求める人々が足を向ける隠れ家カフェがあります。「タリル珈琲」――2021年3月にオープンしたこの店では、ただコーヒーを飲むだけでなく、一杯一杯に込められた作り手の思いと物語を味わうことができます。
■「足るを知る」から生まれた店名に込めた想い
「思いが事"足りて"心が満ち"足りる"」。店名の「タリル」には、そんな願いが込められています。店主・稲永さんの言葉を借りれば、「あるもので満ち足りてる。見栄なんかいらない。事足りる、満ち足りる」という哲学が、この空間全体を包んでいます。

実際、店を訪れた客が2〜3時間ものんびりと過ごす光景を目にすると、稲永さんは心から嬉しさを感じるといいます。「本来であれば回転数を上げないといけないと思っているんですが、のんびりしてもらえている姿を見ると嬉しい。時間を過ごしてもらっているのではないかと感じます」。
■一杯に込められた、見えないストーリー
タリル珈琲最大の特徴は、提供するコーヒーの完全なトレーサビリティにあります。「どこで」「だれが」「どのように」作った「どんな品種なのか」――すべてが分かるコーヒーを提供することで、単なる味わい以上の価値を届けています。
「物語という付加価値も含めて、美味しく感じてもらいたい。完成するまでには、こういう人がこのような想いで作ったコーヒー豆なんだというストーリーを伝えていきたい」と稲永さんは語ります。25歳の時に専門学校でスペシャルティコーヒーについて学び、産地や品種で味が変わることを知ったことがきっかけでした。

コーヒー豆だけでなく、使用する器にも同様のこだわりが貫かれています。一般的に知られている窯元の「〇〇焼き」ではなく、うつわ作家の作品。作家一人ひとりと直接つながることで、「作家さんの雰囲気も伝えられる」のだといいます。夫婦で「好きなものを集めた空間」には、それぞれに物語のあるモノたちが自然に配されています。
■地域の恵みが紡ぐ、特別な味わい
店で提供される食材の多くは、地元朝倉市や近郊で採れたものを使用しています。いちごは田主丸町の減農薬栽培、砂糖は朝倉市三奈木地区で江戸時代から続く黒砂糖、ジンジャーケーキに使われる生姜は福岡の「山の農園」のもの――。
「できるだけ化学肥料を使わないもので、安心安全な食材にこだわっています」と話す稲永さんですが、これらの生産者とのネットワークは意図的に構築されたものではありません。「勝手に広がっていった」のだといいます。

取材当日にいただいたジンジャーケーキ(税込600円)は、まさにその想いが形になった一品でした。福岡「山の農園」の生姜と自家製生姜シロップを練り込んだケーキは、口に含むと温かな香りが鼻腔を抜け、生姜の力強さと優しい甘さが絶妙に調和しています。バニラアイスとの組み合わせで、わずかな辛味と甘さのコントラストがより一層際立ちます。
プティスコーン(税込650円)も同様に、素材への愛情が感じられる逸品です。国産小麦を使用したザクザクとした食感に、あんバター&クリームチーズと自家製いちごジャムの2つの味わいが楽しめます。特に自家製いちごジャムは、田主丸町の減農薬いちごの自然な甘酸っぱさが生きており、「ただ食べるだけじゃなくて、物語を伝えたい」という稲永さんの想いが込められています。
ドリップコーヒー[エチオピア シダマ シャンタウェネ ナチュラル 浅煎り](税込600円) は、三奈木砂糖付きで、地域の恵みとともに味わえる一杯。には、朝倉市三奈木地区の黒砂糖が添えられます。江戸時代からさとうきびの栽培と製糖が行われてきたこの地の砂糖は、精製された白砂糖とは異なる深いコクと風味を持ち、コーヒーの果実味を引き立てる名脇役となっています。
「自分で作るものには隠し事なくストーリーを伝えたいという思いがあって、会話の中で自然と広がっていきました。お客さんの農家さんのつながりで広がることもあります」
■朝倉という土地で営む意味
稲永さんがこの地でカフェを開いた理由は、地域への想いにありました。実家も隣の筑前町で喫茶店を営んでおり、「物心ついた頃から自分はカフェをやるのかなと思っていた」といいます。いずれは実家を引き継ぎたいと考えていましたが、「両親も元気なので、自分なりのお店をしてみようと思い、自分のお店を開いた」のだといいます。

「朝倉には喫茶店はあるけど、焙煎しているコーヒーショップが少なかった。足を伸ばさなくても、美味しい珈琲が飲めるところが地元近郊にあったらいいなと思いました」
「町に少しでも人が来てくれたら」という想いで、日々店に立っています。
「このカフェを通して新しい気づきが少しでも増えて、日常を忘れてくれたらいいな」という想いとともに、今日もタリル珈琲では、ストーリーのある一杯が静かに抽出されています。
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■『タリル珈琲』
住所:福岡県朝倉市頓田531-2 2F
電話:0946-28-8988
営業時間:12:00~17:00(LO16:30)
定休日:水・土曜(不定あり)
駐車場:10台
Instagram:@tarirucoffee
https://www.instagram.com/tarirucoffee/