知っておくべき創業50余年の山上カフェ!大パノラマの関門海峡を一望!北九州唯一のトアルコトラジャ&秘伝のデミソース『珈琲テラス すいげつ』(北九州市門司区)【まち歩き】
風師山の中腹、坂道を登り続けた先に現れる『珈琲テラス すいげつ』。扉を開けた瞬間、目の前に広がるのは関門海峡の大パノラマだ。昭和47年(1972年)の創業から53年、この絶景とともに歩んできた老舗喫茶店は今、三代目オーナー・河本真由美さんの手によって、新たな物語を紡ぎ始めている。
■偶然が導いた「二足のわらじ」
店内の壁を彩る色鮮やかな幾何学模様の作品群。これらは河本さんが手がける「糸かけアート」だ。板に釘を打ち、数理計算に基づいて糸をかけていく精緻な技法で生み出される作品は、見る者を魅了する。
「最初は蓮の葉アートの講師を目指していたんです」と河本さん。福岡での講師試験の日、大雪予報で2時間早く天神に着いてしまった。時間を持て余して歩いていると、偶然見つけたのが「体験できます」という糸かけアートの看板だった。
「2時間の時間潰しのつもりが、すっかりのめり込んでしまって」。
その後、福岡の先生のもとで学んだのち、数学的な理論に対する疑問を解消するため、千葉県の本部に所属。現在は北九州市で唯一の糸かけ師として、複数の教室運営や展示会への出展を精力的に行っている。
そして、この糸かけアート教室の場所として選んだのが、「すいげつ」だった。
■断り続けた継承、アートが繋いだ決意
実は河本さん、三代目を打診されてから5年ほど保留にしていたという。
「海外に行ったりしたい人だったので、ずっと断っていたんです」。
創業者である叔母には後継ぎがなく、誰が店を継ぐかという問題が持ち上がっていた。早くに結婚して子育て中だった河本さんは、店を手伝ううちに先代から「店をやっていける人にしか譲りたくない」と打診されたが、即答できなかった。
転機は糸かけアートだった。教室の開講依頼が増え、場所が必要になったとき、ふと思い浮かんだのが『すいげつ』だった。
「喫茶店を切り盛りしながら教室も開けば、二足のわらじもできるかもしれない」。
こうして、河本さんは三代目店主として「すいげつ」を受け継ぐ決意をした。
■「ご縁」を切らない、一本の糸
河本さんの作品には明確なコンセプトがある。
「ご縁を大事にしたいんです。店もアートも、すべてご縁で繋がっている」。
作品の多くが円形なのは、「どこにも切れ目がない」ことを表現するため。さらに、色が変わっていない部分は、最初から最後まで一度も糸を切らずに一本で仕上げるという。
「ご縁の糸は切りたくない。そういうイメージで作っています」。
この想いは、実際に店とアート活動の間で相乗効果を生んでいる。福岡や山口、横浜、東京での展示会で河本さんのアートに触れた人が「門司港のカフェオーナー」と知って店を訪れる。逆に、店を訪れた客が糸かけアート作品を見て「これ何?」となり、そのまま教室の生徒になるケースも少なくない。
「いい循環ができています。本当にご縁ですね」。
■北九州で唯一のトアルコトラジャコーヒー
店のもう一つの顔が、トアルコトラジャコーヒーだ。
「二代目のオーナーがコーヒー好きで、いろいろ飲んできた中で一番トラジャが好きだったんです」。
キーコーヒーの専売特許である「トアルコトラジャコーヒー」。インドネシアのトラジャ地方で産出される豆で、ちょっと酸味が強い。北九州にはかつて2軒あったが、今は『すいげつ』だけになった。
「酸味を好まれる方は、すごく好きっていう方がいらっしゃいます」。
そして、この店のコーヒーをさらに特別なものにしているのが、水だ。
「昔は水道が通ってなかったので、生活用水は山の湧き水。今でもコーヒーを淹れたり、お客様に出す水も全部、山の湧き水を1回煮沸して消毒して出してるんです」。
山の湧き水が酸味をまろやかにする。他県からもこのコーヒーを求めて来る人がいる。
■曾祖父から受け継ぐデミグラスソース
店のデミグラスソースには、もっと古い歴史がある。
「ひいおじいちゃんが外国船のコックをしていたお友達から、直々に教わったデミグラスソースなんです」。
それが代々受け継がれ、今の店の味になっている。でも河本さんたちにとっては、本来これが家庭の味だった。
「私たちが子どもの時は、それが特別なものって思ってなくて。ケチャップ代わりに使ってたんですよ」。
それが気づいたらファンがいた。配分は決まっていて、曾祖父の時代から全く変わっていない。忠実にその通りに作る。
ハンバーグ、ハヤシライス、オムライス、鉄板ナポリタン。いろんな料理に使われるデミグラスソースが、今も『すいげつ』の味を支えている。
■関門橋の誕生を見守った50年
『すいげつ』が開業した昭和47年、関門橋はまだ建設中だった。
「先代は、関門橋ができるのを見ながら営業していたと言っていました」。
昭和48年(1973年)に完成した関門橋。その歴史的瞬間を、この店は絶好の特等席から見届けてきた。
冬の朝、空気が張り詰めて澄み渡る景色。夏の昼間の眩しい光。門司港レトロ側が夕日に照らされる光景。そして日が落ちれば、関門橋と街の灯りが織りなす夜景が広がる。季節や時間帯によって表情を変える関門海峡の眺望が、この店の最大の魅力だ。
かつては人気のデートスポットとしても知られ、今も窓際の席は外側を向いて座れる特等席になっている。カップルで訪れ、二人で同じ方向を向いて夜景を眺める。そんなロマンチックな時間を過ごせる場所として、今も多くの人に愛されている。
「50年前に来てくださったお客さんが、今はお孫さんに連れられて来てくださるんです。親子三代で来てくださる方も多いですね」。
世代を超えて愛される理由は、変わらぬ味と変わらぬ景色、そしてそこに流れる温かい時間にある。
■若い世代へ、新たな仕掛けを
河本さんの頭の中には、これから実現したい計画がたくさん詰まっている。
「来年早々には、有名なアコースティックギタリストを招いてサンセットライブをやる予定です。コーヒー好きの交流会や、コーヒーの実習もやりたいですね」。
すでに四代目は決まっている。現在33歳の娘さんだ。息子さんは調理師で、絵も得意。プレートの装飾を担当し、今後は料理教室の可能性もある。
「いろんな人が気軽に集まってくれる店にしたい。ここは目指して来てもらわないとなかなか来てもらえない場所だから、何かあった方がいいかなと思って」。
北九州の工業地帯のイメージを超えて、豊かな自然と海の美しさを持つこの街に、もっと若い人が集まってほしい。そんな願いを込めて、河本さんは今日も山の上から関門海峡を見つめている。
________________________________________
■珈琲テラス すいげつ
住所:福岡県北九州市門司区元清滝5-22
電話::093-331-2631
定休日::月曜(祝日の場合営業)
営業時間:
火曜 11:30~17:00
水曜〜土曜 11:30~21:00(LO20:00)
日曜 11:30〜18:00 (LO17:15)
Instagram:@suigetsu_mojiko
https://www.instagram.com/suigetsu_mojiko/
________________________________________
■ 珈琲テラス すいげつ
住所:福岡県北九州市門司区元清滝5-22
Instagram@suigetsu_mojiko
GENRE RECOMMEND
同じジャンルのおすすめニュース
AREA RECOMMEND
近いエリアのおすすめニュース



