外国人教師・小泉八雲
2026年04月11日
[熊本県]
五高記念館(2)

今から130年近く前、旧制五高で英語教師だった小泉八雲。
彼のユニークな指導法とは…

「雪女」や「ろくろ首」などの著者として知られる小泉八雲。
ギリシャで生まれ、日本文化への強い憧れから、40歳で日本を訪れます。
その翌年から熊本の五高で外国人教師として働き始めました。日本語を話せない彼の授業は、一風変わったものでした。
五高記念館研究員 薄田千穂さん
「黒板に文法をわーっと書くのです。その後に、それに関して詳しく説明をしていくという方式だったらしいです。中には身近なものとか、イラストとかを取り上げて、分かりやすく授業を工夫されていたと聞いています。」
日本の怪談を世界に広めた八雲の表現力の豊かさが大いに活かされたようです。

小泉八雲熊本旧居 坂本弘敏館長
「自分の今までの体験とか、あるいは自分の知識というのを自分のものにして話すのです。それが非常に生徒たちの心を打ったのです。」
八雲が五高の生徒たちに教えたのは、実生活に即した英語だったようです。
そして、五高にはこんな校風がありました。

五高記念館研究員 薄田千穂さん
「五高の校風には、剛毅(ごうき)木訥(ぼくとつ)という言葉があります。意思がしっかりしていて、物事に屈せず、素朴で飾り気がない様子という意味があります。」
例えば、外国語を学ぶなら気が遠くなるほど文法の読み書きを続ける。それを体現したような授業を行ったのが文豪・夏目漱石。
彼には〝スパルタ〟な一面もあったのでした。