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薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!

日本語タイトルをつけるのは不可能! 映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

2023年03月01日

[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]

※この作品のさらに詳しい情報はこちら→https://gaga.ne.jp/eeaao/

© 2022 A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.

 感動した!しかも、これ以上ないほどのハッピーエンドだ。

 そもそも、この作品の概略は「主人公の女性が税金を払おうとするが…」でしかなかった。そんなものが、本年度のアカデミー賞Ⓡで「監督賞」「作品賞」「主演女優賞」といった主要部門を含む10部門11ノミネートとなったのはなぜか?

 NYの街角でコインランドリーを営んでいるミシェル・ヨー演じる主人公・エヴリンは、税金の支払いで四苦八苦していた。税務署の担当者がやたらと経費に厳しいからだ。さらに、高齢の父親の介護に加え、キー・ホイ・クァン演じる配偶者・ウェイモンドとの間にも問題を抱えていることが“ある文章”によって示唆される。

 そして、これが一番大きいのだが、一人娘との“ある価値観の違い”によって対立は深まるばかり。悩みのタネは尽きないのだ。
 
 そんなある日、ウェイモンドに別の何かが乗り移り、彼女にこう語りかける。

 「この広大な宇宙には、私たちに似た人間が別の人生を歩む世界が多数存在する。自分はそのひとつから助けを求めに来た。なぜなら、それらが巨悪に襲われ、滅ぼされようとしているからだ!」。つまり、SF映画に出てくる“メタバース”が存在するというお話。

 襲ってくる巨悪は、いわば“ブラック・ホール”のようなもので、すべてが飲み込まれてしまえば、残るのは“無”だけ…。
 
 「巨悪は、今まさに“この世界=現在の地球”に迫っている。あなただけが、この世界を救うことができる“救世主”なんです…」と彼は力説する。
 
 ここまででもついていくのがタイヘンだが、設定はさらに複雑になる。

ホラー映画『ハロウィン』シリーズでおなじみのジェイミー・リー・カーティスが、本当にいそうな税務署の担当者を演じる。彼女もほかのメタバース世界と関わりがあるようで…。

 巨悪と戦うためには強力なパワーが必要だが、別の宇宙の“特殊なワザを持つ人物”に乗り移り、そのスキルを使って対抗することが可能だという。予告編に“カンフー・アクション”が登場するのはそのためだ。

 実はこの部分は日本の劇場アニメにも関係がある。本作の監督であるダニエル・クワン&ダニエル・シャイナートのコンビ、通称“ダニエルズ”が、影響を受けた映像作品として挙げたものの中に、日本で2006年に公開された劇場アニメ『パプリカ』がある。原作は、SF作家・筒井康隆氏によるベストセラー小説(1993年出版、95年には漫画化)で、当初から評価が高かった。劇場アニメとして完成させたのは、2010年に46歳でお亡くなりになった今 敏(こん ・さとし)監督だ。

 この劇場アニメの設定として「他人の夢の中へ入り込んで謎を解く“夢探偵”パプリカ」が登場する。このあたりが「他人に乗り移って…」に重なり、国産のSF小説と劇場アニメが同時に認められたように感じられた。

 そうなると、主人公・エヴリンが他人に乗り移り、そのスキルを上手に使って強敵をバッタバッタとなぎ倒し、地球の平和を守ってメデタシメデタシだろう…と予想するのが人の常。だが、そんな予想はあっけなく崩れ去る。

エヴリンの父親を演じるジェームズ・ホン(右)は『ブレード ランナー (1982 年) 』に出ていた怪しい科学者だったりと、ハリウッドの名作映画のネタが満載で…。

 中盤になると、この映画の“本質”が顔を出す。

 主要な登場人物のルーツが中国であることはすぐわかる。しかし、主人公・エヴリンと父親との会話は広東語なのに、配偶者・ウェイモンドとは北京語で会話する。二人の育った文化の違いを示しているわけだ。さらに、娘のジョイに対しては北京語と英語で 話しかけるが、返ってくるのは英語と下手な中国語。移民してきた家族の時間経過を示しているのだ。

 これまでのハリウッド作品だったら「ルーツは中国だけど、NYに住んでいるから、全員が流ちょうな英語でいいんじゃない?」となっていただろう。

 ただ、この言語の差で「たとえ家族であっても、世代間で理解が深まらないもどかしさがある」ことを表現しているとすれば、ギャグのようなシーンも別のものに見えてくる。

 メタバースの別の世界で生きる自分は、成功者に姿を変えているが、果たしてそれで本当に幸せか?別の人生を歩めば、愛する相手も当然違ってくるのでは?

 さらには、ウェイモンドが「今の世界は、巨悪のせいで、なんとなく不安定になっているでしょ」とつぶやけば、現実世界の不安定な感じは、この地球に住む我々の争いのせいではないか…とハッとさせられる。

 現在はノミネートの段階(表彰式は現地時間3月12日)だが、アカデミー賞Ⓡでの高評価の理由はこのあたりにありそうだ。

子役として『インディ・ジョーンズ』『グーニーズ』に出演していたキー・ホイ・クァン(右)は51歳に。彼もアカデミー賞Ⓡの助演男優賞にノミネートされている。

 本作の映画評に「SFなのかなんなのか、ジャンル分けするのが難しい作品」というのがあった。まさにその通りだが、大胆に言えば「SF版吉本新喜劇」だ。なので、アカデミー賞狙いをまったく感じさせないから好感が持てる。

 終盤の演出からは“ほろ苦いエンディング”という選択肢もあっただろうし、自分は、おそらくそうなるだろうと予想していたが、それを裏切るハッピーエンドで幕が下りる。お嬢さんや息子さんをお持ちの方にとって、さらに感動のポイントになるはずだ。

 とは言え、難点がないわけではない。それは「タイトルの長さ」だ。普通に考えれば邦題が付くレベルだが、的確にこの物語を表現できる日本語はない。中には「エブエブ」と略すものがあるが、秀逸なセンスと言えるだろう。

 原題の最後の部分「All At Once」は、劇中の字幕で「みんな一緒に」と直訳される。不快にならない程度の下ネタはあるものの、デートムービーとしてはもちろん、ご家族全員での鑑賞をお勧めできる点で、まさに「みんな一緒に見られる名作」だ。


※この作品は3月3日(金)からユナイテッド・シネマ キャナルシティ13、ユナイテッド・シネマ 福岡ももち、福岡中洲大洋、T・ジョイ博多 ほかで全国ロードショー公開されます。

※本文中のエピソードのいくつかは、映画配給会社から提供された資料ならびにアメリカの映画情報サイト“IMDb(Internet Movie Database)”から引用しています。

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