「空洞を整える」(福岡県久留米市)
2025年03月02日

久留米市で59年間、主に金属の「へらしぼり」を行ってきた「江口へら鉸(しぼ)り製作所」。
「へらしぼり」とは、一枚の平面状の金属板を回転させながら、「へら」と呼ばれる棒を押し当てて、少しずつ変形させる手法だ。
金属を切断することがないので、継ぎ目のない作品ができあがる。

現在、手仕事でへらしぼりができる職人は、九州でも数人しかいないと言われている。
その中の一人が橋本さんだ。
へらしぼりを行うこと47年間、一度は引退したそうだが、橋本さんでないと完成しない作品が多く、まわりからの要請を受けて復帰。
その中でも多くの人に愛されているのが「へらしぼりの花瓶」だ。
一枚の金属板がゆっくりと花瓶になっていく様子は、まさに芸術的で、橋本さんのへらの動きに合わせて、金属が波を打ち、花瓶の形に変化していく。
その様子は見ていて感動すら覚える。

だが、花瓶を作るのならば「へらしぼり」ではなく「金型」を使えば楽なのでは?と私は思った。
へらしぼりの場合、受け口と瓶底を結ぶ「空洞」をへこませて、花をさした時に最も美しい形になるように設計されている。
そのため金型を使ってしまうと、瓶底のほうが受け口よりも大きいので、完成した後に金型が抜けなくなってしまう。
ならば、切断して溶接をすればいいと考えてしまうが、それだと溶接した場所から水漏れの可能性がある。
へらしぼりは一枚板ゆえにそれがない。
美しさと同時に実用性も高い、それがへらしぼりの花瓶なのだ。

そんな橋本さんが未来に残したい風景は「耳納連山」だ。
製作所からも見ることができる耳納連山は、圧倒的な迫力がある。
泰然自若で揺るがないその存在は、大きな集中力を必要とする「へらしぼり職人」に似ていると感じた。
落ち着いて動じない精神がないと、一発勝負のへらしぼりを47年間も続けることは出来ないのではないだろうか。
耳納連山をながめる橋本さんを見て、私はそんなことを考えていた。