【時計修理士❶】「美野島の時計屋さん」藤島金蔵さん
2026年06月07日

1925年(大正14年)創業の加藤時計店です。
戦後、福岡市博多区美野島に店舗を移し、今日まで続く老舗です。
戦後の復興期から高度経済成長期、そしてバブル期と、日本の経済とともに歩んできたサラリーマンの時を刻んできました。
当代は3代目の藤島金蔵さん。
幼少期から創業者で祖父でもある加藤政雄さんにかわいがられ、祖父との自転車やバイクなどの機械いじりを通して、機械の面白さをを知り、手先の器用さを身に付けていったそうです。

大学卒業後サラリーマンをしていましたが、思い立って1年間アメリカを放浪。
現地で目の当たりにしたのは、個人経営の時計専門店が激減し、都市部の量販店でしか手に入らなくなっているという厳しい現状でした。
27歳で帰国後、「これからは販売だけでは店が潰れてしまう」と思い、時計修理の道を志しました。
一日中椅子に座り、小さなピンセットで1ミリメートルにも満たない部品を相手に試行錯誤を繰り返しました。
膨大な時計の仕様書を徹底的に読み解くなど、必死に修行を重ねたそうです。

藤島さんのモットーは「お客様の時計を自分のモノだと思って修理する。内部だけでなく外部もピカピカにして返してあげたい、お客様に喜んでもらいたい」。
そんな職人気質な藤島さんの評判を聞いて、家族の形見を「もう一度動かしてほしい」と持ち込んでくる人も多いそうです。

藤島さんが未来に残したい風景は、小さな田舎町のような「美野島の商店街」。
経済が右肩上がりだった頃と比べれば、商店街の店や客は減りましたが、生まれ育った町を大切に守っていきたいと強く願っています。
「死ぬまでここでやろうと思うんです。美野島の加藤時計店と言われ続けたいしね。」
その言葉からは、美野島の時計屋さんとしてのプライドと確かな覚悟が伝わってきます。