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Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント2021

大会の軌跡

今年48回目を迎える真夏の祭典オーガスタゴルフトーナメント。1973年の第1回大会から2019年の第47回大会までの忘れられないあのシーンを動画で配信!!

第1~10回 1973-1982

  • 第10回 1982年大会

    [第10回優勝者]
    陳 志明(台湾)
    [スコア]
    209 (-7) : [1R] 68 [2R] ** [3R] 71 [4R] 70

    台風で3日間54ホールでの勝負。初日4人がトップに並び混戦が予想されたが、結局H・サットンとのデッドヒートを陳が振り切り、日本初勝利。優勝賞金600万円を手にした。前年の謝に続いて台湾勢の2連勝。

  • 第9回 1981年大会

    [第9回優勝者]
    謝 敏男(台湾)
    [スコア]
    279 (-9) : [1R] 69 [2R] 68 [3R] 73 [4R] 69

    ヤング vs ベテラン勢が話題となった大会。最終日、湯原信光、陳志忠、謝の3人が9アンダーで並び大会史上4回目のプレーオフ。2ホール目の17番で 謝が10mのチップインバーディーを決めて優勝。

  • 第8回 1980年大会

    [第8回優勝者]
    青木 功
    [スコア]
    137 (-7) : [1R] 68 [2R] ** [3R] ** [4R] 69

    記録的な豪雨のために2日間プレーが中止、36ホールに短縮された。最終日、4アンダーでスタートした青木がバーディーラッシュをかけ、通算7アンダーの137で38歳の誕生日を2度目の栄冠で飾った。

  • 第7回 1979年大会

    [第7回優勝者]
    草壁 政治
    [スコア]
    240 (-12) : [1R] 67 [2R] 71 [3R] 68 [4R] 34*

    強風と33度を越す猛暑の中で大物選手が予選落ち。台風接近のために異例のイン9ホールのみとなった最終日、草壁は雨に打ち勝つ”攻めのゴルフ”で接戦の中から抜け出して台湾の郭吉雄に逆転V。

  • 第6回 1978年大会

    [第6回優勝者]
    山田 健一
    [スコア]
    276 (-12) : [1R] 68 [2R] 67 [3R] 71 [4R] 70

    福岡を襲った水不足の中で、B・ジョーンズら、有力選手が予選落ち。最終日には青木功ら7人が11アンダーで並ぶ大激戦になった。この混戦を「魔の17番」でバーディーを取った山田が制した。

  • 第5回 1977年大会

    [第5回優勝者]
    ブライアン・ジョーンズ(豪)
    [スコア]
    278 (-10) : [1R] 73 [2R] 72 [3R] 68 [4R] 65

    最終日、大ギャラリーの見守る中で鈴木、矢部、ジョーンズがデッドヒート。3年連続プレーオフの17番でジョーンズが競り勝って国内初勝利。この5回記念大会はUSPAツアーから招待選手が来福。

  • 第4回 1976年大会

    [第4回優勝者]
    グラハム・マーシュ(豪)
    [スコア]
    207 (-9) : [1R] ** [2R] 69 [3R] 69 [4R] 69

    初日は豪雨で中止となり、大会は初の54ホール・ストロークプレーで行われた。安田春雄とマーシュの争いとなった2年連続のプレーオフでは、16番でマーシュが長いバーディーパットを決めて優勝。

  • 第3回 1975年大会

    [第3回優勝者]
    前田 新作
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 70 [4R] 71

    この年の猛暑の中でジャンボ尾崎、ベテラン杉原らが予選落ち。最終日に66の猛チャージを見せた前田と石井弘が10アンダーで並び大会初のプレーオフ。前田がこれを制して涙の初優勝を遂げた。

  • 第2回 1974年大会

    [第2回優勝者]
    中村 通
    [スコア]
    273 (-15) : [1R] 67 [2R] 65 [3R] 70 [4R] 71

    当時、“ 関西の三羽烏”の一人と言われた中村は2日目で首位に立ち、決勝ラウンドでもベテラン杉原輝雄の猛追をかわし、2代目チャンピオンを獲得。優勝賞金400万円を手にした。

  • 第1回 1973年大会

    [第1回優勝者]
    青木 功
    [スコア]
    266 (-22) :[1R] 64 [2R] 67 [3R] 68 [4R] 67

    初日から激しいアンダーパーの争いだったが、2日目、当時の賞金レースのトップを走っていた青木が抜け出し、独走態勢に。その快調さは最終日まで維持され、通算22アンダーという驚異的なスコアで優勝。