彼がジャック・スパロウと同一人物とは思えない! 映画『MINAMATA―ミナマタ―』
2021年09月23日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
© 2020 MINAMATA FILM, LLC
本作『MINAMATA―ミナマタ―』を語る前に、紹介しておきたい作品がある。今から21年前の2000年に公開された『エリン・ブロコビッチ(Erin Brockovich)』だ。
スティーブン・ソダーバーグ監督作品で、第73回アカデミー賞の作品賞、監督賞ほか5部門にノミネートされ、ジュリア・ロバーツが主演女優賞を受賞した。
彼女が演じたエリン・ブロコビッチなる人物が、公害を発生させたアメリカの大企業を相手取って訴訟を起こし、和解金3億3300万ドル(当時のレートで約370億円)を勝ち取った実話がもとになっている。
訴えられた電力会社・PG&Eが、工場の敷地内に六価クロム溶液を10年以上に渡って大量に垂れ流したため地下水が汚染され、周辺住民に健康被害が多発した。
この作品は観客動員にも成功し、世界興行収入は2億5600万ドル、約280億円!(出展:IMDb=インターネット・ムービー・データベース)に達している。
しかし、いくら共通点があるとはいえ、同じテイストで「水俣病」を扱われたら日本人にとってはたまらない。なぜなら『エリン・ブロコビッチ』は、モデルとなった本人がウエイトレス役でカメオ出演するなど、ハリウッド独特の“ポップ感覚”を身にまとっていたからだ。
前置きが長くなったが、本作『MINAMATA―ミナマタ―』はどうだったか…。
当時の日本が置かれた状況、利益優先の弊害、企業城下町のジレンマ、それにまつわる人間関係、そして大事な“四大公害病”のひとつ水俣病の実相、どれをとっても完璧に描かれ、ハリウッド作品ながら日本人監督かつ日本映画のテイストがスクリーンから伝わってくる秀作だ。主要ロケはセルビアとモンテネグロで行われたにもかかわらず…。
内容をひとことで言うと、世界的な写真家ユージン・スミス(1918~1978)と当時の妻であるアイリーン・美緒子・スミスによる写真集「MINAMATA」が1975年に出版されるまでのお話で、冒頭“実話に基づく物語”と掲げられる。
ユージン・スミスを演じるジョニー・デップはプロデューサーも兼ね、作品への思い入れが伝わってきた。特筆すべきはその“風貌”だ。特殊メイクもあるとはいえ、最初は「ホントにジョニー・デップ?」という変身ぶりで、さぞかし厳しいダイエットがあっただろうと想像させる。
アイリーン役の美波(みなみ)は失礼ながら“こんなに上手い女優だったか!”と思わせ、真田広之、國村隼、加瀬亮、浅野忠信、岩瀬晶子といった“日本の芝居巧者”が揃ったのはキャスティング力の勝利だろう。
特筆すべきは、水俣の写真を掲載する「LIFE」誌の編集長ロバート・"ボブ"・ヘイズを演じるイギリスの名優、ビル・ナイだ。そう『パイレーツ・オブ・カリビアン』ファンにはおなじみ、幽霊船「フライング・ダッチマン号」の“オバケ船長”が重厚な演技を見せてくれる。
この原稿を執筆している時点(9月17日)で、本作はアメリカでの公開が決定していない。これについて、ジョニー・デップ本人が、元妻アンバー・ハードへの家庭内暴力疑惑による裁判で世間を騒がしたことで「ハリウッドにボイコットされている」と主張(イギリスSunday Timesのインタビュー記事)している。
アメリカの映画会社の判断や裁判にかかわる真偽は不明だが、この作品が世に出ないことは大きな損失だ。
なぜなら、加害企業“チッソ水俣工場”の実名は出てくるものの、それに“矮小化”した話ではないからだ。環境破壊は現在も世界のあちこちで散見されるので、過去の歴史に学び、被害を食い止めなければならないと私たちに問いかける。
今後、アメリカでの公開が実現すれば、アカデミー賞へのエントリーはもちろん、主要部門受賞の可能性もあるクオリティだ。そうなった際のニュースはこんな表現になるだろう。「同じジャンルの作品としては“エリン・ブロコビッチ”以来21年ぶりに…」と。