キャラクターデザインは変わっても原作の“思想”はそのまま… 『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 真生版』
2024年09月25日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://www.kitaro-tanjo.com/
自分は大きな勘違いをしていた。昨年(2023年)11月に映倫区分「PG12」で公開された『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を子供向けと思い込んでいたが、とても「墓場で運動会する」ような話ではない。これはホラーであり、現代日本を風刺した大人向けの作品だ。
その「PG12版」の327カットをリテイクし、音も差し替えた「真生版」だという。「真生」=制作陣が思い描いた“真なる姿”という触れ込みの「R-15」指定で公開される。
ほぼ同じ作品で映倫区分が変わるのは珍しいが、自分のように「鬼太郎ファンだけど、タイミングを失して観ていなかった」とか「PG12版を鑑賞したが、出来が良かったのでもう一度見たい」と思った人々を劇場に向かわせる絶妙なマーケティングと言えるだろう。
そのドラマ部分は、あたかも生身の俳優陣に脚本どおりの演技をしてもらい、上からなぞってアニメにしたかのようなイメージで「野村芳太郎監督の八つ墓村(1977年)」を思わせる。その理由は「手描きの迫力」だ。
「手描き」と書いたが、今時「セル画」は使わないからタブレットなどのデジタル機器で描画したはずで、コンピューターと無縁ではない。しかし、タッチペンを使うとはいえ、アニメーターによる手描きの絵は全編CGによる3Dアニメーションとはニュアンスがまったく違う(もちろんハリウッドで主流の3Dアニメを否定するわけではない)。
その効果としてスクリーンの奥から“畑を吹き渡る風の香り”や“森を流れる川の匂い”に“人気(ひとけ)のないあばら家のすえた臭い”までが漂ってきた。それは子供のころには日本のあちこちにあった典型的な風景で、数十年前の記憶がよみがえるほどだった。
自分は「PG12版」をNetflixで鑑賞したが、植物の葉っぱのひとつひとつまで描いたシーンを3秒ほどしか使わない贅沢さ。
さらに「鬼太郎・目玉おやじ・猫娘」のそろい踏みの際には「ヨッ!待ってました!!」と声をかけたくなるほどだった。
次にストーリー。2018年のテレビシリーズ『ゲゲゲの鬼太郎 第6期』をベースとした作品…という解説もあるが、タイトル通り「いかにして鬼太郎は生まれたか」「なにゆえ鬼太郎の父親は目玉おやじとなったか」「鬼太郎の母親はどんな人物だったのか」といったすべての謎が明かされる。
もちろんそれらが本題だが、さらに目玉になる前の父親と劇中の役名“水木”なる人物がバディ関係となって“魑魅魍魎(ちみもうりょう)にまつわるエピソード”に立ち向かう。これまで水木しげる先生が描いてこなかった“鬼太郎登場の前日譚”に大胆に踏み込んだオリジナルのお話だ。
舞台は、鬼太郎がこの世に生まれる前の昭和31年と特定され、当時実際にあった「血液銀行」の組織名や「昭和の名優の固有名詞」「日本のプロ野球で達成された記録」などがちりばめられている。
この昭和31年=1956年は、日本を舞台に「魑魅魍魎」を描ける最後のタイミングだろう。すでに始まっていた「高度経済成長」が1973年ごろまで続く(日本経済新聞による)ので、妖怪変化よりも怖い公害問題がはびこる時代になるからだ。
印象に残るのは、登場人物の“水木”を通じて語られる戦争の悲惨さだ。第二次世界大戦での彼の経験がフラッシュバックし、本編のホラー感をさらに高める。
そして、昭和31年の登場人物が「明るい未来が訪れる」と予測した日本の現状に疑問を感じる結末が待っている。
それらを貫くのは「鬼太郎の物語」で描かれた「人間こそ妖怪以上に愚かで怖い」といった考え方だ。
改めて「漫画家」とか「妖怪研究家」と紹介される水木しげる先生の本質は「思想家」だったのだと感じられる秀作だった。
※この作品は10月4日(金)から、T・ジョイ博多、ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13、
ユナイテッド・シネマ福岡ももち、ほかで全国ロードショー公開です。
※15歳以上が鑑賞できる「R-15」指定です。