いや~怖かった! 映画『サブスタンス』
2025年05月14日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://gaga.ne.jp/substance/

昨年9月に公開されたアメリカでは賛否両論の嵐が吹き荒れた。それも“超賛超否”両論だ。日本でも公開されたら同じことになるだろう。
見終わると、1963(昭和38)年公開の東宝映画『マタンゴ』の時と同じような怖さに襲われる。それは本多猪四郎監督の特撮ホラーで、悪天候のために乗っていたヨットが遭難し、無人島にたどり着いた登場人物たちが奇妙な体験をするお話。
ただ単に怖いだけのホラーではなく「人間はいかに自己中心的か」とか「拝金主義ほど愚かなことはない」といった“主張”が見え隠れし、劇中に登場するクリーチャーの形状から、さらに深い社会性を指摘する声もある。
ホラー作品かつ現代社会が抱える問題について“主張”がある点は共通だが、最後に迫ってくる怖さは本作の方が数段上だった。

タイトルの「サブスタンス(原題:The Substance)」は字幕で“物質”と示される。デミ・ムーアが演じる主人公エリザベス・スパークルは、テレビ番組のエアロビ・インストラクターだが、50歳(ご本人の実年齢は62歳)を迎え、いやらしさ満載の番組プロデューサー・ハーヴェイから「そろそろ後進に道を譲るべきじゃね~の?」などと告げられる。
デニス・クエイドが演じる役名“ハーヴェイ”は、世界にインパクトを与えた「MeToo運動」の発端となったプロデューサー“ハーヴェイ・ワインスタイン”を連想させ“主張”のひとつが女性の人権問題だとわかる。
そんな折、若さを取り戻すことができるという“物質”の存在を知り、最初は半信半疑だったものの、それに手を染めたエリザベスの前にマーガレット・クアリー(実年齢は30歳)が演じるスーなる女性が現れ“分身”として生活を始める。
携帯電話の声だけで“物質”の使用法を伝える人物は、何度も「お互いは“分身”ではなく、同じ1人の人間だ…」と注意喚起する。ここまで、あまりにも突飛な設定なので取り残されるかと思ったが、主人公の2人が同じ1人の人間を生きるための厳格なルールがいやに緻密で、思わず引き込まれる高度な演出だった。
お察しのとおり、そんな都合のいいお話が長続きするはずはなくて…という展開だ。

フランス人監督のコラリー・ファルジャは「女性がある年齢に達したら価値がなくなるなんて、くだらない考えが(自分の)頭の中を占領していた。そんな全くナンセンスなことを吹っ飛ばすためにこの脚本を書いた」と語る。
その目的は達成され、世の中にはびこる“若さや美しさに過剰にこだわる価値観”を打ち砕くが、それはもはや“主張”といった穏やかな表現ではなく、ショック療法による“荒療治”のレベル。
主役のデミ・ムーアは「30年前、あるプロデューサーから“あなたはポップコーン女優だ”と言われたことがあります。私はそれを、成功する映画、大金を稼ぐ映画には出られるかもしれないけれど、(俳優として)認められることはない、と受け入れてしまった」とゴールデングローブ賞の授賞式でスピーチした。
ただ今回の彼女は、強烈な特殊メイクで代表作のひとつ「ゴースト/ニューヨークの幻(1990年)」と同じ人物とは思えない強烈な印象を残す。
結果として、ゴールデングローブ賞の主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)を受賞。獲得はならなかったもののアカデミー賞主演女優賞にもノミネートされ、30年の時をこえてリベンジを果たした。それには“分身”を演じたマーガレット・クアリーの“えげつない女っぷり”の貢献もあっただろう。

明らかにスタンリー・キューブリック作品を想起させるショットが何回か登場し、洋画ファンへのサービスかと思いきや“あのクラシック音楽”をバックにクライマックスを迎えると状況はガラリと変わり、自分の中のもうひとりの自分、つまり“分身”のささやく声が聞こえてきた。
「お前の中にも“ハーヴェイ”がいるんじゃないの?」…と。

※この作品は5月16日(金)から、T・ジョイ博多、ユナイテッド・シネマキャナルシティ13、ユナイテッド・シネマ福岡ももち ほかで全国ロードショー公開されます。
※15歳以上が鑑賞できる「R15+」指定作品(15歳未満は観覧禁止)です。
※文中のいくつかのエピソードを映画配給会社から提供された資料から引用しています。