犬だけでなく“ある猛獣”の演技もスゴ~い! 映画『ブラックドッグ 』
2025年09月18日
[薫と有紀の日曜日もダイジョブよ!]
この作品のさらに詳しい情報はコチラ→https://klockworx.com/blackdog

冒頭は舞台となる街からほど近いゴビ砂漠(中国の内モンゴル自治区からモンゴルにかけて広がる砂漠)の映像で「ここで乗っている車が故障したら…」と考えるとゾッとする風景が広がっている。特殊なフィルターを使って撮影しているような画面の色合いから不穏な空気が伝わり、西部劇でおなじみの風に吹かれて転がる草の怪しい動きもそれを増幅させる。
スクリーン中央に砂けむりのようなものが見えるが、短い時間だったので細部はわからない。ここで不安をあおる尺八の音色が響けば、まさに“クロサワの世界”と思ったのもつかの間、突然たくさんの野良犬が姿を現す。
「オッ!やっぱりクロサワか…」などと脱線している場合ではない。一匹、二匹、三匹と数えたわけではないが、画面右から左へと猛スピードで走っていく数は百匹以上。あたかも監督の指示で演技をしているかのようで、もしかしたらCGかVFXかもしれないという疑念すら沸き起こる。
ほどなくして砂けむりがあがった理由はわかる。ここまで2分間もなかったのに一気に物語に引き込まれる秀逸なオープニングだった。

街角には「北京オリンピックまで何日~」といった看板が見えるので2008年ごろという設定だ。エディ・ポンが演じる主人公のランが故郷に帰ってくる。「服役を終えて…」という話から何らかの犯罪に手を染めていたことが示唆される。
その街の荒廃ぶりは目を覆うばかりで、オリンピックを開催する近代国家にはふさわしくないから再開発の計画が進んでいる。冒頭を含め、あちこちに野良犬の姿が見えるのは、すでに街を去った住人たちが捨てていったからだろう。
そんな中、狂犬病を防ぐ目的で、ある1匹の黒い犬を捕獲した者に賞金を与えるという張り紙が登場する。新たな就職先が見つからないままのランが偶然その懸賞首のブラックドッグを目撃して追跡を始めるが…。
ここからは一匹の犬と一匹狼に見える人間による見せ場の連続。本編中では名前を呼ばれないから“あの黒い犬”のままだが、カンヌ国際映画祭で優秀な演技を披露した犬に贈られる「パルム・ドッグ審査員賞」を受賞した一匹の演技には舌をまくばかり。というか、くどいようだがCGかVFXを使ってランにからんでいるのではないかと思えるほどで、その体型すらもドラマチックだった。

お話が進むにつれてランにまつわるエピソードが顔を出す。父親は小規模な動物園を運営しているが経営はうまくいっていない様子。
彼が手を染めた“犯罪”の全貌は徐々に明らかになり“被害者”の親族から生死にかかわる執拗な追及を受けるが、服役前の人生は意外なもので…。
旅するサーカス団の踊り子との人間関係は発展するのかしないのか…。荒廃した故郷の街の再開発はどうなるの?
それらと並行して彼と黒い犬との関係は、お互いに“相棒”と呼べるほど濃くなるが、それはそれでどんな結果を招くのかが気になって…という展開。

全体に漂う緊迫感とは裏腹に「世の中まんざら捨てたもんじゃない」というニュアンスのエンディングを迎える。
2024年のカンヌ国際映画祭「ある視点」部門受賞という称号だけではなく、遠くを走る鉄道の情景や何らかの意味を持つ室内の様子などのショットからはこだわりの作家性が感じられ、ミニシアター系がお好きな方には特におススメの「読書の秋ならぬ映画の秋」にふさわしい秀作と言えるだろう。

※この作品は9月19日(金)から KBCシネマ、小倉コロナシネマワールド ほかで全国ロードショー公開されます。