【甲子園への道 福岡】「可能性はゼロじゃない」1型糖尿病の高校球児が1年間のブランクを乗り越えメンバー入り
高校野球
2026年07月03日

夏の甲子園出場を目指す福岡の強豪・沖学園高校野球部。
56人の部員の中からわずか20人しか選ばれないメンバーの座を巡り、熾烈な争いが繰り広げられます。
その中で、1型糖尿病という持病を抱えながら、1年間のブランクを乗り越えてメンバー入りを果たした選手がいます。
彼の名は寺林秀真選手(3年)。
不屈の精神と仲間との絆で背番号「17」を掴みました。
■「チャンスに強い」持病を抱えながら野球に打ち込む日々

8年ぶり2度目の甲子園出場を目指す沖学園。
部員数56人に対し、夏の大会でベンチ入りできるのは20人という狭き門です。
その厳しい競争の中、黙々と練習に打ち込むのが寺林秀真選手。
自身の強みについて「一番はバッティング。チャンスに強いと思うので、バッティングを一番見てほしい」と語ります。
しかし、彼にとってチームメイトと共に練習できる時間は、決して当たり前のものではありませんでした。
■「1年間野球ができなかった」突然の離脱と苦悩

寺林選手は小学4年生の時に「1型糖尿病」を発症。
生活習慣とは関係なく突然発症し、昼夜を問わず血糖値の管理が必要不可欠な病気です。
練習の合間にも補食やインスリン注射で血糖値を調整しながら、野球を続けてきました。
1年生の秋には4番を任されるほど期待されていましたが、成長期は血糖値のコントロールが特に難しく、野球部から離れることに。
「ものすごく調子悪くて、低血糖がずっと続いていて。気づいたら1年間野球ができていなかったみたいな感じ」と、当時を振り返ります。
■「いつでも戻って来いよ」仲間の支えと復帰への道

野球から離れ、苦しい日々を送る寺林選手を支えたのは、チームメイトの存在でした。
松田世成主将は「自分から言えることは少なかったけど『いつでも戻って来いよ』っていう一言はかけた」と語ります。
仲間からの励ましは大きな力となり、寺林選手も「いろんな人の支えが一番大きかった」と感謝を口にします。
今年3月、約1年ぶりに野球部へ復帰。
1年という大きなブランクを埋めるため、練習後もオフの日も、必死にバットを振り続けました。
■「17番 寺林秀真」運命のメンバー発表、掴んだ背番号17

そして迎えた、運命のメンバー発表の日。
緊張した面持ちで名前が呼ばれるのを待つ寺林選手。
監督から「17番、寺林秀真」と声がかかると、力強い返事と共に立ち上がり「最後のほうになって、呼ばれるかなってめっちゃドキドキした」と、安堵の表情を見せました。
■感謝を胸に、集大成の夏へ
手にした背番号「17」。
それは、本人の努力はもちろん、支え続けてくれた両親や仲間たちの思いが詰まった番号です。
寺林選手は「両親には、結果を出して喜んでもらいたい。」「いろんな人の支えがあってこの17番をつけられるし、いろんな人に沖学園が勝ったというのを目に焼き付けてほしい」と、感謝と決意を語りました。
持病を抱えながらの挑戦は、同じ病気の人たちに勇気や希望を届けます。
感謝を胸に、寺林選手の集大成の夏が始まります。

