西太刀洗駅からのどかな田園風景を歩くこと数分。県道沿いに現れる木目調のログハウス風の建物が、『ケーキ工房ありす』だ。
店内には、手作りのケーキやシフォン、プリン、そして焼菓子が並ぶ。飾らない、でも忘れられない。この店には、ここにしかない「物語」がある。
■美しい空に惚れ込んだ、ある夫婦の決断
オーナーの藤田典子さんは、もともと筑豊・田川市で夫と二人でケーキ店を営んでいた。ケーキ店で出会った二人はその後結婚し、田川の地で店を開業し、7年間肩を並べてケーキを焼き続けた。
転機は子どもたちの誕生と、同居していた母の他界だった。
「店と家が離れていたので、子どもたちをそばで見守れる環境が必要だったんです」。
北九州から久留米、甘木まで、広い範囲で物件を探した。そんな中、知人から「若い人がどんどん増えている元気な町」として紹介されたのが大刀洗町だった。
初めて訪れた日、夫の目が輝いた。
「うちの主人が、広がっているものすごく綺麗な空と、この土地柄にすごく惚れ込みまして。ここにやっぱり出したいって」。
元スーパーの土地を自由に改築できる条件が整い、二人は大刀洗への移転を決断。夫は時間があれば自転車で町中を走り回り、その大きな空を眺めていたという。
■家族への愛から生まれた、まごころプリン
ありすの看板商品は「まごころプリン」(税込210円)。口に入れた瞬間、とろりとほどける絹のような食感。なぜこれほど柔らかいのか——その理由を知ると、プリンの味がさらに変わる。
「主人の父が入院していた時に、だんだん食欲が落ちていって。主人が『何か食べてもらえないか』と言い出したんです」。
幼い頃、義父はケーキ屋に行くといつもプリンを選んでいた。「プリンなら好きかもしれない」。そう思った夫は、より柔らかく、より食べやすいプリンを目指して試作を重ねた。ようやくたどり着いたのが、あの「まごころプリン」だった。
病院のベッドで、義父が一口含んだ。——それが、この商品の始まりだ。
「高級な材料は使ってないんです。普通の材料なんですけど、焼き方とかいろいろして」と典子さんは静かに語る。そのシンプルさの中に、食べる人への深い思いやりが宿っている。
■「お小遣いで買えるケーキ屋さん」という哲学
ありすのコンセプトを一言で表すなら、「子どもが自分のお小遣いで買えるお菓子屋さん」だ。
物価高騰が続く今も、典子さんはこの軸を曲げない。「あまり高くないように。でもボリュームがちっちゃくならないように」。
地元食材へのこだわりも際立つ。大刀洗町本郷の老舗「樋口醤油」の本醸造醤油を使った「醤油シフォン」(税込250円)は、みたらし団子のような甘じょっぱさが後を引く一品。そして今の季節、特に見逃せないのが「枝豆シフォン」(税込250円)と「枝豆プリン」(税込210円)だ。
「大刀洗の農家の方に枝豆をいただきまして、毎年この時期だけ出しています。緑色がほんとうに綺麗で、こっくりした味で」。
スーパーには並ばない、ここだけの「大刀洗の味」がある。
■三世代が集う場所へ
オープン当初から通い続けてくれる常連客がいる。最初は典子さんと同世代の若いお客さんだった。その人たちが子どもを持ち、誕生日ケーキを注文するようになった。その子どもが結婚して、今度は孫を連れてやってくる——。三世代にわたる付き合いが生まれていることが、長く続けてきた何よりの喜びだと典子さんは話す。
農家の方が「〇〇ができたから持ってきたよ」と野菜を差し入れてくれることもある。ありすは、ケーキを売る場所であると同時に、地域の人々がふらりと立ち寄れる"居場所"になっている。
■支えてくれたのは、お客さんの声だった
数年前、夫が病で突然、帰らぬ人となった。
「やめようかどうしようか、ものすごく迷いました」。
それでも踏みとどまれたのは、二つの力があったからだ。
一つは「主人が続けてきた店を自分の代で終わらせたくない」という想い。もう一つは、休業中にかかってきた、お客さんからの電話だった。
「『大丈夫?』と心配のお電話をくださって。これはやめるわけにはいかないって」。
息子と娘も「手伝うよ」と声をかけてくれた。今、ありすは家族三人で切り盛りしている。娘さんはオーダーケーキのキャラクターイラストを担当し、子どもに人気のキャラクターから有名ブランドのロゴまで、どんな注文にも応えてみせる。
「小さい店なりに、いろいろと融通が利くんです。お誕生日への思いをよく聞いて、できるだけそのリクエストに近いものを作る、ということは心がけています」。
■これからも、地域に愛され続ける店として
「品数をどんどん増やすのは難しいけれど、その分一つひとつの商品とお客さまとの関わりを大切にして、長く営業を続けていきたい」。
典子さんの言葉は、穏やかで、揺るがない。
大刀洗の大きな空の下、今日もありすの厨房では、誰かの特別な日のためにケーキが焼かれている。
そのケーキが運ばれる先には、子どもの笑顔があり、親の安堵があり、孫の手をつないだ祖父母の記憶がある。
小さなケーキ屋さんが、ずっとここにある理由——それは、このまちの「幸せな瞬間」を、ずっと一緒に作り続けてきたからだろう。
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■『ケーキ工房ありす』
住所:福岡県三井郡大刀洗町山隈1758-3
電話:0942-23-6160
営業時間:10:00〜20:00
定休日:毎週水曜・隔週月曜※予約のお渡しのみ可、祝日・行事によっては営業する場合あり、要問い合わせ。
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■ ケーキ工房ありす
住所:福岡県三井郡大刀洗町山隈1758-3
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