【わざわざ行きたい店】珍しい自家焙煎&貸本喫茶!スマホを置いて深煎りの一杯と知らない一冊を味わう贅沢な時間『たみえる珈琲店/貸本 利文庫』(福岡・大木町)【まち歩き】
福岡市内から車を走らせて、およそ1時間。筑後平野の真ん中、水路(クリーク)が網の目のように張り巡らされた大木町の集落に、その店はあります。
引き戸を開けた瞬間、思わず声が出ます。磨かれた欄間、飴色の天井板、八角形の掘り炬燵。窓の外には、手入れの行き届いた中庭。
「あ、おばあちゃんちに来たみたい」
実際に、初めて訪れた女性がそう口にしたことがあるそうです。店主の西川典洋さんは笑います。
「いや、じいちゃんなんやけどねって(笑)」
『たみえる珈琲店』。2023年6月に生まれた、自家焙煎コーヒーと貸本のお店です。
■深煎りの一杯が、ゆっくり体に落ちていく
まずは「自家焙煎コーヒー」(税込500円)を一杯。
出てくるのは、中深煎りから深煎りのコーヒー。いま主流の、浅煎りでフルーティーな「サードウェーブ」や「フォースウェーブ」とは、あえて逆を向いています。
「深煎りにしたのは、自分が飲みたかったコーヒーが全部深煎りだったから」
理由は、ただそれだけ。けれど、その一言の後ろには半世紀近い時間があります。
学生時代、生協で買った2,000円のミル。ドリッパーの穴を錐で広げ、「45秒で落ちるように」と試行錯誤した日々。そして辿り着いた答えは、「結局、焙煎なんだ」ということでした。
心の手本は、かつて福岡市今泉にあった名店『珈琲美美』(びみ、現在は赤坂に移転)の一杯。週に一度は通ったというその味を、いまも遠くに見ながら、自分の手鍋から始めた焙煎を続けています。
深煎りなのに、重くない。すっと澄んでいて、ちゃんと甘い。中庭の緑を眺めながら飲んでいると、なんだか呼吸が深くなっていくのがわかります。
■豆にも、飲む人にも、やさしいコーヒー
このコーヒー、味わいだけの話ではありません。
たみえる珈琲店の豆は、フェアトレードの農薬不使用。森の木陰で育てられ(シェードグローン)、一粒ずつ手摘みされたものです。
「農薬の使用量が多い作物の上位3つって、綿花、タバコ、そしてコーヒーなんですよ」
綿花は着るもの、タバコは吐き出すもの。でもコーヒーは、体に入れるもの。だから、と西川さんは仕入れ先を変えました。
そしてもうひとつ。カフェインを97%取り除いたデカフェも用意されています。
きっかけは、息子さん夫婦に二人目のお子さんが生まれると聞いたこと。
妊娠中の人も、夜にコーヒーを飲みたい人も、同じ一杯を安心して楽しめるように、という心づかいです。
じつは、取材のときに出していただいた一杯も、このデカフェでした。
言われるまでまったく気づかず、深煎りのしっかり美味しいコーヒーとして飲みきってしまったほど。頼めば、いつもと変わらない丁寧な一杯が、デカフェで出てきます。
コーヒーのおともに、近所の方が作られている「シフォンケーキ」(税込300円)もいただきました。ふんわりと軽く、素朴な甘さで、深煎りのコーヒーとよく合います。
■わざと、バラバラに並べられた本
店の壁一面は、本です。
貸本「利文庫(とおるぶんこ)」。1冊税込100円、返却期限なし。しかも返しに来たときにコーヒーを飲めば100円引きになるので、実質タダ、という気前のよさ。
面白いのは、この本がジャンル別に並んでいないこと。
「ある人に、ジャンル別に並べたらって言われたんですけど、あえてしない。わざとシャッフルしてるんです」
理由は、大型書店との違いにあります。農業の本を探しにフロアへ行けば、農業の本しか目に入らない。けれど棚が小さければ、隣に環境の本があり、その隣に文化の本がある。少ないからこそ、思ってもみなかった一冊と関係が生まれる。
「背表紙の文字が、ピッとくるときってあるじゃないですか」
探していなかった本に出会うために、あえて散らかしておく。
効率とは、まるで反対。でも、そのぶん自分の内側が広がっていく感じがします。
■贈与の連鎖が、巡る建物
そもそも、なぜこの建物だったのか。
建物の持ち主だったのは、利(とおる)さん——元・校長先生と、タミ江(たみえ)さん——編み物教室を開いていたお母さま。ご近所の人が、自然と集まってくる家でした。店名の「たみえる」も、貸本「利文庫」も、このお二人の名前から。「母ちゃんの名前も使ってくれ」というご家族の希望で、語呂よく名づけられました。
その「集まる家」の性格は、いまも生きています。2ヶ月に一度、店の前で開かれるマルシェは、フリーマーケットと余った野菜が中心。初めてのマルシェの日、野菜を持ってきてくれた近所の男性は、こう話してくれました。
「自分が若い頃からね、おふくろに『野菜が余ったら、利先生のとこに持っていけ』って言われとったんですよ」
何十年も前から続く、この家の役割。それが、コーヒーの香りとともに引き継がれていたのです。
西川さんは、それを「経済」の話として捉えています。情報誌「シティ情報ふくおか」で長く編集に携わり、副編集長を務め、45歳で独立。60歳でこの町に移り住んだ人の言葉です。
「国際社会は憎悪の連鎖、地域社会では贈与の連鎖なんですよ」
誰かが玄関に野菜を置いていく。うちだけでは食べきれないから、また誰かに分ける。小さな幸せが、ぐるぐると巡っていく。
「それが私の考え方としては、新しい経済だろうなと」。
■持ち寄って、聴いて、気づく
巡るのは、野菜だけではありません。
あるとき、プレーヤーも持っていない若い女性が、レコードを2枚買って「ここで聴かせてもらっていいですか」とやってきました。1枚は、ジョン・レノンとオノ・ヨーコのアルバム。ビートルズ世代でありながらクラシックばかり聴いてきた西川さんが、その音を初めて聴いたのは、自分の店でのことでした。
奥で鳴るのは、50〜60年前のスピーカー(箱は手づくり)と真空管アンプの音。「仕事場だから趣味は持ち込まない」つもりが、お客さんの一言で熱が戻ったそうです。
「この空間で、お互いに気づきがあればいいな、と思って」
■帰り道に、明日の予定がひとつ増える
これから先、この店をどうしていきたいですか。そう尋ねると、答えは驚くほどシンプルでした。
「いろんな趣味を持った方、いろんな関心を持った方に来ていただければ、それでいい。ヒントになって帰っていただける。明日から、あ、こんなこと始めよう、とか」
築45年、昭和の家。西川さんはその「昭和」を、こんなふうに捉えています。
「決してタイパとか、そういうふうに言わない暮らし方を、ヒントにしてもらえたら」
スマホを置いて、知らない背表紙をなぞって、深煎りを一口。中庭の緑を眺めていると、時間の流れ方が少し変わります。
気づけば、時計を見るのをすっかり忘れていました。
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■『自家焙煎 たみえる珈琲店/貸本 利文庫』
住所:福岡県三潴郡大木町大字侍島275-1
電話:080-4283-5960
営業時間:13:00〜18:00 土曜・日祝日10:00〜18:00
定休日:月曜(臨時休業あり)
Instagram:@tamierucoffee
https://www.instagram.com/tamierucoffee/
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※情報は2026年7月時点のものです。最新情報は公式HP、Instagram等でご確認ください。
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