■「想夫恋(そうふれん)」
はじめてこの三文字を見たとき、なんの店だろう、と思った人は多いのではないでしょうか。
想う、と、恋。焼きそばの店には、あまり似合わない名前です。
大分県日田市。国道212号沿いに建つ想夫恋の総本店は、この地で約70年、たった一種類の焼きそばを焼き続けてきました。
駐車場に車を停めると、もう匂いでわかります。鉄板の上で麺が焼ける、あの香ばしさ。店の外まで漂ってくるそれだけで、注文するものが決まってしまう。
代表取締役社長の和田りえさんと、長く会社を支えてきた秘書室長の畑博雄さんに、この名前と、この味のことを伺いました。
■「これ、なんていう料理?」
はじまりは、和田さんの祖父・角安親(すみやすちか)さんのひとつの気づきでした。
「パンを焼いたり、ご飯を焼いたり、そういうのはあるけども、麺を焼いた料理がないな、と」
昭和32年のことです。麺を鉄板で焼くという発想そのものが、まだ世の中になかった時代でした。試行錯誤の末に完成した一皿を出したとき、お客さんから返ってきたのが、この言葉だったそうです。
「これ、なんていう料理?」
麺を焼くから、焼きそば。今ではあまりにありふれたその名前が、日田の小さな店から生まれた——そう聞くと、少し不思議な気持ちになります。
「ネットもない時代ですから、他の場所にも同じような料理があったかもしれません。でも、うちとしては焼きそばの元祖ではないかと思っています」
和田さんは、そう静かに話してくれました。
■想う、と、恋
さて、あの名前です。
由来は、中国の雅楽「想夫恋」。祖父の安親さんがたまたま目にして、「かっこいいな」と思ったのがきっかけだったといいます。意味を知って選んだわけではなかった。ところが、あとから字をあらためて眺めると——想う、と、恋。
「これは完全に後付けなんですけど」
和田さんは笑いながら、こう続けました。
「祖父と祖母も二人三脚でしたし、父と母も二人で頑張ってきました。今も、各地夫婦でやっている店舗が多いんです」
偶然のように選ばれた名前が、いつのまにかこの店のかたちを言い当てていた。祖父が生んだ味を、娘婿にあたる現会長が受け継ぎ、九州の外へと届けていきました。秘伝のソースのレシピも、今なお慎重に守られています。
■日田の水が、この味をつくっている
目の前で焼き上がる一皿は、拍子抜けするほどシンプルです。麺、もやし、ネギ、豚肉。それだけ。
けれど箸を入れると、まず音が違います。両面をこんがりと焼き上げた麺は、端のほうがカリッと立っていて、噛むとほろりと崩れる。あいだから、もやしのシャキシャキが応えてくる。
飾りがないぶん、素材のごまかしがききません。そしてこの味を根っこで支えているのは、日田の水なのだといいます。
「日田は水質がよく、鉄分が少ないんですよ」と畑さん。
「地下水に鉄分があると、もやしを噛んだときに苦みが出るんです。でも想夫恋のもやしは、生で噛んでも苦みがない。だから美味しいんです」
もやしは、初代の頃からずっと付き合いのある専門の工場で、想夫恋仕様として育てられています。麺も、タレも、水でつくる。この一皿は、日田という土地の上にしか立てないものなのかもしれません。かつて小倉に店を出したときは、現地の水では味が変わってしまうため、18リットルの樽に日田の水を詰めて運んでいたそうです。
豚肉も徹底しています。「和豚もちぶた」というブランド豚を一頭丸ごと仕入れ、バラ、肩、もも、ヒレと、すべての部位をブレンドして使います。
「バラにはバラの、ヒレにはヒレの美味しさがありますから。それが全部入っているから美味しいんです」
あまりに柔らかいため、ふつうの店なら当たり前の「筋切り」の工程がいらないそうです。
■簡単そうに見えるほど、難しい
注文してから、一皿はおよそ5分で焼き上がります。ヘラをさばく手つきは軽やかで、見ているぶんには簡単そうに映ります。
「簡単そうに見えますが、本当に難しいんです。焼き始めたら」
想夫恋には、麺やもやしを模した練習用の模型があります。新人はまずそれを使って、基本の姿勢から覚えていく。指先だけで焼くのではなく、体全体を使って焼く。
「先輩たちに食べてもらって、『これならお客様に出していいね』というレベルになるまでは出せないんです」
人手が足りない時代。機械化を考え、実際に工場の見学にも行ったといいます。それでも、やめました。
「その日の麺やもやしの状態を見て、職人が加減する。機械にはどうしても限界があるんです。こんなにAIやら何やらの時代だからこそ、職人が作るというところは変えません」
厨房の鉄板の前は、40度を超えるといいます。冷房の風も届かない。あの軽やかな手つきは、その熱さのなかで生まれています。
胸元に光るバッジは、本部が味を確かめて認定した焼き職人の証です。あの一皿は、この印を持つ人の手からしか出てきません。
■二皿目は、トッピングで。
ここでひとつ、お伝えしておきたいことがあります。
焼きそばのトッピングといえば、たいてい目玉焼きくらいでしょうか。ところが想夫恋には、紫蘇、生卵、カレー、山芋と、思いがけないほどの選択肢が用意されているのです。
「この間、外の方から言われて初めて気づいたんです。いろんなトッピングができるのは、普通の焼きそばではあまりないですよって」
たしかに、ソースがしっかり絡んだ一般的な焼きそばには、合わせにくい組み合わせです。
「ここの味の焼きそばには、結構合うんですよ」
なかでも試してほしいのが、紫蘇。刻んだ葉をひとつまみ、香ばしい麺の上にはらりと乗せる。それだけで、こってりとした後半がすっと軽くなります。焼きの香りに、青い香りが重なる。この組み合わせを目当てに通うお客さんは、東京の店舗にもいるといいます。
はじめから全部に混ぜてしまわず、後半に少しずつ乗せていくのがおすすめです。同じ一皿のなかで、味の景色が変わっていきます。
生卵も定番の一つ。パリパリの麺にとろりと絡めると、香ばしさが一段まろやかになります。
もう一品つけるなら、餃子を。焼きそばのために鍛えられた鉄板で焼かれる一皿は、想夫恋のほとんどの店に並ぶ定番です。
はじめての一皿は、ぜひそのままで。二皿目からは、アレンジしてみてください。
■「元祖です」と、言えるようになるまで
想夫恋のこの一皿は、いつしか「日田焼きそば」という名前で、まちの名物になりました。
けれど長いあいだ、想夫恋はその呼び名に一線を引いてきました。うちのものは「想夫恋焼き」であって、日田焼きそばではない、と。
その姿勢が、最近になって変わったそうです。
「元祖であることは間違いないんだから、うちだけが頑なに『違います』と言っていても仕方がないな、と。外からそう見えているなら、それはもう間違いのない事実ですから」
看板を掛け替えたわけではありません。ただ、受け止め方を変えた。
「これまでの歴史とか、苦労みたいなものは、他にはない話です。今まで積み重ねてきたものは完全に私たちのものですからね」
そう話す声には、静かな誇りがありました。
■この場所でしか、味わえないもの
昨年社長に就任した和田さんが、いま考えていることを教えてくれました。
「美味しいものがありふれている時代に、美味しいのは当然。だからこそ、見せ方とか、体験が大事なんです。ここに来て食べた、という特別感」
構想しているのは、焼き職人を主役にすること。もっと近くでライブ感・臨場感のあるあの手さばきを楽しんでもらえるよう、店内にモニターを置いて焼きの様子を映す案も進んでいます。
「人を完全に機械にしてしまうようなやり方は、うちには向かないと思っています。その代わり、スタッフにはお客様にたくさん声をかけてもらう。人にしかできないところを、やってもらいたい」
行くたびに、少しずつ表情が変わっていく店。そんな予感がしました。
■おうちで想夫恋
店の味を家でも、という声に応えて、想夫恋にはいくつかの持ち帰り商品が用意されています。
・焼きそば名人セット(自分で焼くタイプ)
具材の入っていない麺とタレのセット。麺が改良され、家庭のフライパンでも店のようにパリパリに仕上がるようになりました。
・冷凍焼きそば(真空パックタイプ)
これまで長く親しまれてきた定番です。店の職人が焼いたそのままを冷凍しているので、味は間違いのないもの。ただ電子レンジで温めるぶん、あのパリパリ感までは再現しきれません。それでも「そのままの味を食べたい」という人に選ばれ続けてきました。
・New 冷凍焼きそば “匠”(トレータイプ)
そして新登場するのが、その一段上のバージョンです。真空パックとは、つくりがまるで違います。トレーに入れて凍らせることで、麺やもやしがつぶれない。しかも、マイナス65度の急速冷凍です。
「できたての風味や、繊維の細胞が壊れない冷凍方法なんです。だから、もやしのシャキシャキ感が残っていますし、お肉もジューシーですし」
具材も50グラム増量され、味も食感も、これまでよりぐっと店に近づいたといいます。トレーのまま温めれば、お皿に移さずそのまま食べられる手軽さも魅力です。
パリパリに焼き上げたい人は調理キット、店の味そのままを味わいたい人は冷凍タイプ。どちらも店頭とオンラインで購入できます。
なお今夏からは、店舗のない関東エリアへキッチンカーでも出向いているそうです。
■変えないものと、変えていくもの
最後に、これからのことを尋ねました。
「大事な核となる想夫恋焼きの味はもうブレず、一切変えずに守り続けていきます」
そう答えたあと、和田さんは少し間を置いて、こう続けました。
「変えられないんですよ。今までやってきた、これまで苦労してきた人たちの思いを、踏みにじることはできないですからね」
「麺を焼いた料理がないな」というひとつの気づきから生まれた焼きそばは、およそ70年をかけて、日田のまちの宝になりました。
想う、と、恋。
あの名前の意味を知ってから食べる一皿は、きっと少し違う味がします。
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■想夫恋 総本店
住所:大分県日田市若宮町416-1
電話:0973-24-3188
営業時間:11:00〜22:00(LO 21:30)
定休日:元日(年間数日不定休あり)
Instagram:@sofuren_sohonten
https://www.instagram.com/sofuren_sohonten/
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※情報は2026年7月時点のものです。最新情報は公式HP、Instagram等でご確認ください。
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