福岡県田川郡川崎町。山あいの道をのぼっていくと、そこだけ空気が変わったような一角にたどり着きます。
目の前いっぱいに広がる、ぶどう畑。その隣に建つのが『Cafe ぶどうばたけ』です。
大正末期から100年以上、家族の手で守られてきた竜円農園(りゅうえんのうえん)。その4代目・竜円貴和子さんと、5代目の樹里さんにお話を伺いました。
■直売所だった小屋が、居場所になるまで
「ここ、もともとぶどうの直売所だったんですよ」
かつては、倉庫のようにガバッと開け放って、ぶどうを売っていたのだそうです。
「エアコンも何も入らないし、それでもうとてもじゃないけど、って」
小屋をリフォームし、カフェと直売を兼ねた今のかたちになったのは2020年8月のこと。
きっかけをつくったのは、5代目の樹里さんでした。調理師の学校で学び、いつか自分のカフェをやりたい——そう話す娘に、母が「したいね」と応えた。
「ぶどうの時期って、2ヶ月しかないんですよ。じゃあ、あと10ヶ月はここお休みなの?って」
年に2ヶ月だけ人が集まる場所を、一年中ひらかれた場所に変える。この店は、そういう発想から生まれています。
■「父が、一番びっくりしてると思う」
意外なことに、貴和子さんはもともと農家を継ぐつもりのない方でした。幼稚園の先生をしていたのです。
畑を守っていたのはお父さま。手術をされてから体が思うように動かなくなり、剪定のときに「ここ、ここ」と指示を受けながら、勤めのかたわら朝と夕方に手伝う日々が5年ほど続きました。
そんな日々のさなか、お父さまは突然この世を去りました。
「次の年から、もうやり方が分からないというか。消毒とかが難しくて」
途方に暮れた貴和子さんが頼ったのが、福岡県の農業普及指導員でした。畑を回っている指導員をつかまえては「これはこう?」と聞き、ぶどうの育て方を一から学び直した。そうやって農園は続いてきました。
お父さまの代に作っていたのは、ベリーA(マスカット・ベリーA)一品種のみ。それが今では9種類ほどに増え、畑そのものも広がりました。
「父が一番びっくりしてると思う。まさかまだ作りよう、まだ広げて作り始めたとは」
そう言って笑う横顔に、この農園が越えてきた時間が滲んでいました。
■守るものと、攻めるもの
畑でいちばん古株なのが、60年ほど前から作り続けているベリーAです。
「ここのぶどうは味が違うって、言ってくださる方がいて。もっと近くにも買えるところはあるのに、わざわざここまで来てくださる」
味の違いは何なのか。肥料はほとんど堆肥のみ、育て方も特別なことはしていない。だとすれば——と貴和子さんが挙げたのは、土でした。
「うちは粘土質なんです。木を植えようと思って穴を掘っても、掘れない。サラサラした砂じゃなくて、粘っとしてて」
100年、同じ土がぶどうを育ててきた。その事実が、味の理由なのかもしれません。
一方で、新しい品種も次々に迎え入れています。シャインマスカット、そしてクイーンニーナの次を見据えた希少品種「富士の輝き」。皮ごと食べられて種がなく、大粒の黒ぶどうです。
守るべき一品種と、挑むべき新品種。それが同じ畑に同居しているのが、この農園の今です。
そして、9種類が揃った畑だからこそ生まれた贈り物があります。
「宝石箱みたいな商品を作りたかったんです。開けてみたらピンクがあったり、黒があったり、青があったりする」
一品種しかなかった畑から、色とりどりの詰め合わせへ。この化粧箱は毎年楽しみに注文する常連さんがいるそうです。贈られた人が蓋を開けた瞬間の顔が、目に浮かびます。
■畑を眺めながら、ぶどう尽くしのひと皿を
さて、カフェです。
大きな窓の向こうにぶどう畑が広がる店内は、天井が高く、ドライフラワーやアンティークのインテリアが並び、どこを切り取っても絵になります。
今回注文したのは「旬のフルーツパフェ」と「旬のフルーツクレープ」(各ドリンク付き・税込1,600円)。
まずパフェ。運ばれてきた瞬間、思わず声が出ました。ぶどう、パイン、メロン、柑橘、キウイ、いちじく。フルーツがどれもゴロゴロと大きいまま、グラスから溢れんばかりに積み上がっています。合間にはヨーグルトが忍ばせてあって、甘さが重くならない。
面白いのは、スプーンを進めるほど表情が変わっていくこと。中段あたりにひまわりの種とくるみが潜んでいて、果物のみずみずしさが続いたところに、ふいにカリッと香ばしい食感が現れます。そこからまた果物へ戻っていく。最後のひと口まで飽きさせない構成です。
クレープも負けていません。ぶどう、パイン、メロン、柑橘、キウイ。こちらもカットが潔く大きく、ひと口ごとに違う果物に当たる楽しさがあります。
そして何より、ぶどうです。窓の外に広がる、あの畑で採れたもの。数十メートル先で実っていた果実が、そのまま皿にのっている——この距離感は、農園に併設されたカフェでしか味わえないものです。
この2品は季節の果物を使うので、一年中いただけるのも嬉しいところ。ぶどうの季節が終われば、また別の顔で迎えてくれます。
そしてもうひとつ、ぜひ味わってほしいのがぶどう100%の生ジュース。
「スロージューサーっていう、果肉ごとすりつぶすやつで絞るんです。水も砂糖も何も入れずに」
もぎるときに傷ついてしまったぶどうを「もったいないから」とジュースに——農園だからこそ成り立つ一杯です。
「今年は特に出来がいいんですよ。あれだけ暑かったのに、よくちゃんと育ってくれたねって(笑)」
11月からは、前菜からデザートまで揃うランチコースも再開。それ以外の時期もカレー、シチュー、ピザなどの軽食が楽しめます。
■冬は暖炉、ときどきコンサート
冬になると、店内の薪ストーブに火が入ります。暖房はこれだけ。そしてマシュマロが置いてあって、「ご自由にどうぞ」。
「みんな焼いて食べてます」
さらに、ときどきミニコンサートも開かれます。友人づてに「サックスを演奏したい」「バイオリンとピアノで」と声がかかり、多いときは70人ほどが集まったことも。11月にはオカリナの演奏会が入っているそうです。
夏は畑を眺め、秋は黄金色に色づく葉を眺め、冬は火を囲む。同じ席で、季節ごとにまったく違う時間が流れています。
■「ぼちぼちでいい。長く可愛がってもらえるお店に」
これからこの店をどうしていきたいですか——そう尋ねると、貴和子さんはいたずらっぽく笑ってこう答えました。
「ぼちぼちでいいよね。行列ができるようなお店になったら、私たちがもたないもん(笑)」
そして、少し間をおいて。
「みんなに長く可愛がってもらえるお店になったら、嬉しいですね」
家族4人を中心に、力仕事のときは甥っ子や息子さん、親戚が集まって。ぶどうはよそに卸さず、ここでの直売だけ。5月から9月までは休みなし。
無理をして大きくするのではなく、続けられる速度で、長く。100年を越えてきた農園が選んだのは、そういうかたちでした。
わざわざ山をのぼって、この畑まで来る価値は、たしかにあります。
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■『ぶどう直売 竜円農園 / Cafe ぶどうばたけ』
住所:福岡県田川郡川崎町田原2391-1
電話:0947-85-9840
営業時間:カフェ 11:00〜16:00 / 直売所 9:00〜18:00
定休日:日、月曜日(ぶどうシーズン中ぶどうの販売は無休、10月頃に休業期間あり)
駐車場:あり
Instagram:@budou_batake
https://www.instagram.com/budou_batake/
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※ランチコースは11月から再開予定(要予約)。
※情報は2026年9月20日時点のものです。シーズンによって営業時間・メニューが変わります。事前にご確認ください。
■ ぶどう直売 竜円農園 / Cafe ぶどうばたけ
住所:福岡県田川郡川崎町田原2391-1
Instagram:@budou_batake
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