【わざわざ行きたい店】山奥にぽつんとある店に、なぜ県外からも人が⁉『そばの場』の絶品十割蕎麦(福岡・川崎町)【まち歩き】

福岡県田川郡川崎町、安眞木(あまぎ)の山道を上っていくと、ふいに視界が開ける。県道から看板を頼りに砂利道を上がった先、木の匂いのする建屋がぽつんと佇む。周りには田畑と山しかない。それなのに、口コミだけでこの場所に、県外からも客が訪れるという。
その理由を確かめに、実際に足を運んでみた。
店主の長野光泰さんは、かつて建築業を営んでいた。蕎麦屋になるとは、自分自身も想像していなかったという。


■彼岸花の村おこしから始まった、蕎麦との出会い

きっかけは、地元の「彼岸花の村おこし」だった。その一環で雑穀米をつくろうと、稗や粟と一緒に蕎麦を植えたのが始まりだ。収穫した蕎麦の実を製粉工場に持って行くと、併設の食事処があった。そこで食べた蕎麦に、長野さんは衝撃を受ける。
「蕎麦やら全然好かんやった」と振り返るほど、それまで蕎麦にはさほど興味がなかった。世に出回る蕎麦の多くが「そば粉3割・小麦粉7割」でも法律上「そば」と名乗れることを知り、驚いたという。そんな中で出会った本物の十割蕎麦の味に、「蕎麦ってこんなに美味しいんだ」と目を見開かされた。
そこから十数年、独学で蕎麦を打ち始める。打っても打っても、自分だけでは食べきれない。友人や家主にまで振る舞い続け、ひたすら腕を磨いていった。


■生まれ育った土地に、自分の手で店を建てる

60歳を過ぎた頃、長野さんは「そろそろ」と一つの決断をする。店を構えたのは、自身が生まれ育った土地。かつては果樹園があり、原木椎茸を育てていた場所だ。
敷地には50年ほど植わっていた杉やヒノキの大木があった。それを自らの手で伐り出し、店の建材にした。テーブルも、天井も、すべて手作り。
木材に虫食いの跡が残ることがある。それを隠すのではなく、自然が生み出した模様として活かした。飾らない木の温もりが、そのまま店の空気になっている。
開業にあたっては、水の確保が大きな壁になった。周辺には水道が届いておらず、地域の人たちと力を合わせ、行政の補助を得て共同の井戸を掘った。店までの道も、長野さんが自ら重機を動かして切り拓いたものだ。当初は2020年1月の開業を予定していたが、コロナ禍によって延期を余儀なくされ、同年6月にようやく店を開けた。
たくさんの人の縁と後押しがあって、ようやく形になった店。だからこそ長野さんは、「もう自分の店じゃない。お客さんの店になる」と語る。

■店名に込めた、飾らない想い

蕎麦屋の名前といえば、「〇〇庵」のような趣のある屋号が思い浮かぶ。しかし長野さんが選んだのは、シンプルな『そばの場』。
「電話で『そばの場です』って言えば、もう蕎麦屋だってすぐわかるから」。飾らず、覚えやすく、伝わりやすい。その実直さこそが、この店らしさなのかもしれない。

■実食レポ:そばのば御膳

今回注文したのは、看板メニューの「そばのば御膳」(税込1,500円)。
ざるそば、小鉢三品、味ご飯、甘味(そばかりんとう)、香の物がひとつの膳に並ぶ、見るからに満足感のある構成だ。
まず主役のざるそばを、何もつけずに一口。そばの場が提供するのは、つなぎを一切使わない十割蕎麦。「挽き立て・打ち立て・茹で立て」の三拍子にこだわった一枚だ。啜った瞬間、蕎麦の実そのものの甘みと香りが鼻に抜ける。うどんやラーメンとは違い、蕎麦は何もつけなくても美味しい――長野さんがそう語る理由が、一口で腑に落ちる。次に塩をひとつまみつけて食べると、また違う顔を見せる。同じ蕎麦とは思えないほど、甘みの輪郭がくっきりと立ち上がる。
味ご飯はほんのり出汁の香りがして箸が進み、そばかりんとうは食後の口をさっぱりとさせてくれる。香の物まで含めて、ひとつの膳で蕎麦屋の技と手間をまるごと味わえる構成になっている。

■遠方からも人を呼ぶ、変わり続ける姿勢

口コミやSNSだけで評判が広がってきたそばの場だが、届く声は好意的なものばかりではない。ネットに「天ぷらのカボチャが薄い」という指摘が書き込まれたときは、素直に受け止めて調理を見直したという。
「自分がええって言っても、自分の店じゃお客さんの店にならんもんね」。自己満足に陥らず、常に外の声に耳を傾ける姿勢が、開業から6年、コロナ禍という嵐を越えて店を支え続けている。
厨房もトイレも、隅々まで磨き上げる。「頭に立つ人がちゃんとしとかんと」と語る長野さんの信条は、スタッフにも自然と伝わり、店全体の清潔感を作り上げている。


■そばの文化を、この町に

長野さんが目指すのは、単に美味しい蕎麦を出すことだけではない。「そばの文化を広めたい」という想いがある。
うどんには根付いた食文化があるのに対し、蕎麦の文化は信州など山あいの土地で育ってきた。川崎町にも、そんな蕎麦の文化を根付かせたい。「川崎町、蕎麦屋が美味しいよねって言われるような、そんな柱の一つになれたら」と長野さんは語る。

■これから ― 田舎を丸ごと楽しむ「山伏ツアー」構想

長野さんが温めているのが、蕎麦とセットにした田舎体験プログラムだ。
近隣の五右衛門風呂のある古民家で薪をくべて風呂を沸かし、庭でピザ窯を囲み、夜は花火を楽しむ。子どもたちはテントで一晩を過ごす――そんな一日を丸ごと味わえる企画を構想している。

「田舎の魅力を発信して、家族が本当に家族になれるような場所を作りたい」。

蕎麦屋という枠を超え、都会からやってくる家族に、火を起こす大変さや、竹を割って流しそうめんの道を作る楽しさを届けたいという想いがにじむ。

山道を上ってでも訪れる価値のある一枚が、この山あいで待っている。次の休みは、あの砂利道を上ってみてほしい。


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そばの場 〜Sobanoba〜
住所:福岡県田川郡川崎町安眞木3215
電話:090-2859-6023
営業時間:11:00~15:00
定休日:月曜、第1日曜(祝日による営業日の変動あり)
※毎年1月は原木椎茸栽培の関係で1ヶ月間休み
Instagram:@sobanoba0623
https://www.instagram.com/sobanoba0623/
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※情報は2026年9月時点のものです。記載の内容は変更している場合があります。事前にご確認ください。

■ そばの場 〜Sobanoba〜

住所:福岡県田川郡川崎町安眞木3215
Instagram:@sobanoba0623

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